『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ

●今回の書評担当者●精文館書店中島新町店 久田かおり

  • 【2021年本屋大賞 翻訳小説部門 第1位】ザリガニの鳴くところ
  • 『【2021年本屋大賞 翻訳小説部門 第1位】ザリガニの鳴くところ』
    ディーリア・オーエンズ,友廣純
    早川書房
    2,090円(税込)
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 全米で500万部売れた! 2019年アメリカでいちばん売れた本!だという。しかも先に読んだ知り合いの、その全てが声をそろえて大絶賛していた。本当に大絶賛だ。

 そんなにか? そんなにすごいのか? ほんとか? アタクシは翻訳小説はほとんど読まないんだけど、それでもすごいと思えるのか?と、かなり疑いながら読み始めたのだけど、そんなに疑ってごめんなさい、もっと早く読めばよかった、と、とにかくジャンピング土下座ものの、すごさでしたわ。

 1952年のアメリカで6歳だった少女カイヤのことを、思う。
 家族に捨てられ、湿地にたった一人暮らす少女の毎日を、文字が読めず裸足で暮らす少女の孤独を、麻袋いっぱいの貝を掘ってお金を得るぎりぎりの生活を、思う。

 カイヤの周りにある様々な差別や偏見の中で手を差し伸べてくれる人たちがいたことに救われる。けれどその手をうかうかと握れない現実、握ったゆえに訪れた絶望に打ちのめされる。

 自分とは何一つ重ならない、想像するしかないその人生の壮絶さ。けれどカイヤはその人生を、彼女自身の手で開き続けていた。差別も貧困も裏切りも、何ひとつとして彼女のことを貶めることはできなかったのだ。
 孤高の人生の、その気高さに心が打ち震える。

 これは湿地に住む一人の少女の物語であるが、何十年、何百年もの間、私たち女性が直面してきた「現実」そのものでもある。

 読みながら何度も怒りに震えもしたけれど、でも私はこの物語を読んで泣いたりはしない。
 泣いてはいけないのだと思う。涙では何も変えることはできないから。何かを変えられるのは自分のこの手だけだと、カイヤが教えてくれたから。

 この小説は社会派小説であり恋愛小説であり法廷劇でありミステリでもあるが、生物学小説(というカテゴリがあるのか?)としての、自然の描写が特に素晴らしい。
 湿地の生き物たちの様子が本当に生き生きと描かれていて、さまざまな情景も色鮮やかに浮かんでくる。
 湿地の風やもさもさしたトウモロコシの粥やボートに当たる波の飛沫さえも感じられる。貧しさを描く半面、豊かな豊かな小説でもあるのだ。

 おっと忘れるところであった。
 実は本書は「誰が彼を殺したのか」という謎をめぐる物語なのであるが、それについては、最後にきっと「うぅううう」とうなるだろう。そしてそれぞれにいろんな感想を抱くと思うが、私は読み終わってすぐと今では3回、感じ方が変わっている。いつか誰かと語り合いたい、と思っている。

 そうだな、もし今、一言でこの小説を語るなら
「これは〇〇の△△への◇◇なる××である」と書くだろう。それもまた変わるかもしれないが。
 さてさて、あなたならどう読む?

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精文館書店中島新町店 久田かおり
精文館書店中島新町店 久田かおり
「活字に関わる仕事がしたいっ」という情熱だけで採用されて17年目の、現在、妻母兼業の時間的書店員。経験の薄さと商品知識の少なさは気合でフォロー。小学生の時、読書感想文コンテストで「面白い本がない」と自作の童話に感想を付けて提出。先生に褒められ有頂天に。作家を夢見るが2作目でネタが尽き早々に夢破れる。次なる夢は老後の「ちっちゃな超個人的図書館あるいは売れない古本屋のオババ」。これならイケルかも、と自店で買った本がテーブルの下に塔を成す。自称「沈着冷静な頼れるお姉さま」、他称「いるだけで騒がしく見ているだけで笑える伝説製作人」。