番外編:杉江由次さん

作家の読書道 番外編:杉江由次さん

こよなく本を愛し、書店を愛し、そして浦和レッズを愛する本の雑誌社営業マン、杉江由次氏。ほぼ毎日更新している本サイトの「炎の営業日誌」も、はや8 年。書店めぐりだけではなく、本はもちろんなぜかサッカーについても熱く語るこの営業日誌が、このたび1冊の本になりました。それを記念して「作家の読書道」番外編、杉江由次の登場です。実に意外な読書歴、というよりも人生の変遷が明らかに!

その4 「やっぱり本が好き」 (4/9)

――八重洲ブックセンターは、どのくらいいたわけですか。

杉江 : 医学書と心理宗教の担当の機関を合わせての1年10か月くらい。その時はいわゆるフリーターですから、このままじゃまずいかなと思っていて。小さな町工場なんですが、親父が機械の製造業をやっていたので、後々はそこで働くしかないと思って、機械設計の専門学校に2年通いました。

杉江さん写真

――杉江少年が、細かな設計図を描いていたんですか(意外)!

杉江 : 機械図面を書くの、好きでしたよ。その時の2年間は、生まれて初めて一生懸命勉強していました。

――勉強が好きだったんですか(意外×2)!!

杉江 : その時は友達がうちに来ていても、ドラフターで図面を書いていました。卒業する時に学校長賞をもらうくらい。

――学校長賞(意外×3)!!!

杉江 : 血だと思います。親父も機械工でモノを作るのが好きで、おじいちゃんもそういう仕事をしていたので、手先は器用なほうだと思います。

――そして卒業される時には...。

杉江 : 就職活動が始まる時期になると、ロクに学校に来ていなかった奴が、就職課でこの会社は資本金がいくらで従業員は何人で、将来性は...って、電卓叩きながらやっているんです。その光景を見たら、オレ、耐えられなくなって。その時、何かがドーーーーーンと唐突にはじけたんですよね。やっぱり、オレ、本の仕事がしたい! って。

――おお。

杉江 : それに機械設計も、緻密な図面を描くのが好きであって、設計が好きなわけじゃなかったんですよね。製図屋さんならできるけれど、設計屋さんはできない。そして唐突に、やっぱり本をやりたいんだなって思って。学校長賞をもらったのに就職が決まらないままでいて、先生にすごく怒られました。「結局お前は何がやりたいんだ」って聞かれて「本がやりたい」と言ったら「機械系の出版社を紹介してやる」と言われて、それは違うんです、と思ったり。そのまま3月の卒業してプータローになりました。朝日新聞の求人広告や、『Be-ing』の求人を見てやたらめったら履歴書を送りつつ、朝からパチンコ(笑)。高校時代の友達は、浪人した奴なんかはまだ学生でしたから、そいつらと遊んでいました。バイトで貯めた金がどんどんなくなっていって、まずいな、と思っていた時、八重洲ブックセンターで医学書の売場にいたからか、歯科の版元さんのクインテッセンス出版に受かったんです。歯科専門のところです。他に50社くらい一方的に履歴書を送っていたんですが、なぜかそこが拾ってくれて。

――医学専門と聞くと難しそうですが、大丈夫だったんですか。

杉江 : 僕以外の人たちは英語かドイツ語が話せました。外国語で電話がかかってくるけれど僕は分からないので、電話の前の壁に「ジャスト・モーメント・プリーズ」ってカタカナで貼っていました(爆笑)。完全にバカキャラです。

――部署はどちらだったのですか。

杉江 : 営業でした。死んでもやりたくないと思っていた部署。その頃は営業マンに対してのイメージってすごくネガティブだったんです。でも、いきなり編集なんてできるわけがないから、営業をやれ、というようなことを言われて。といっても、行くのは書店が1割程度で、9割は医療系の商社とか、あるいは歯科に直接行っての営業。でも僕は本屋が好きだったので、書店営業をやらせてください、と言って、一人でかなりの割合をやらせてもらっていました。書店営業は、誰も手をつけていなかったんです。目録の後ろに常備書店一覧があるんですが、初日から2日目くらいでその一覧を渡されて「お前ここにチラシを配ってこい」と課長に言われた。一日がかりで回って配って、暗くなってから会社に戻ったら課長がもう帰るところで、「えっ、本当に全部まわったの?」って驚かれたくらい。「あそこなんて10年20年誰も行っていないのに」なんて。まあ、当たって砕けろの営業は、あそこで教わりました。

――一人旅もできない人が営業の仕事をするなんて、そりゃもう勇気が要ると思うのですが。

杉江 : それはもう、心臓がドクドクしたし震えたし、歯もカチカチいうほどで、本当に嫌でした。でも、三省堂書店神保町本店の方が、「君は面白いからフェアをやらせてあげるよ」って言ってくれたくらいから、営業の面白さを知ったんです。

――ちなみに読書は。

杉江 : 椎名誠や藤原新也の新刊が出ないと、読むものがなくなっちゃっう。ガツンとこないと次の作品は読みたくないので、止まっちゃっていたんですよね。何の本を読んでいいのか分からなくて、しばらく読む本がない状態でした。その時に、丸山健二に出会ったんです。『丸山健二全短篇集成第5巻 月と花火』に入っている「夜釣り」という短編がすごく好きで。ただ夜に鯉を釣りに行くだけの話ですが、『老人と海』の"夜釣り鯉バージョン"みたいで。これは何度も読んでいますね。『丸山健二エッセイ集成 安曇野』や『ときめきに死す』『夏の流れ』とかも好きですね。すっかりファンになったんですが、品切れの本が多い。それで、丸山健二を読むために、古本屋の存在を知ったんです。お茶の水に会社があったから、昼休みに神保町の古本屋を探して回りました。それで1ステージ上がりましたね(笑)。

――丸山作品に惹かれたのは、どういうところだったのでしょう。

杉江 : 結局、僕は生き方の指針がほしくて本を読んでいるんだと思うんです。その時に自分に対してメッセージ性が強いものに惹かれるんでしょうね。丸山は田舎で孤高に生きているライフスタイルみたいなものにも憧れを感じた。

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――杉江さんが惹かれる世界って、骨太ですよね。

杉江 : 自分が弱いから、仮面ライダーやウルトラマンに憧れるように、村上龍や椎名誠、丸山健二に憧れるんですよね。それと、村上さんの影響だと思うんですが、知的な自分にもなりたくて。八重洲ブックセンター時代から、バイト料がはいると当時の池袋のリブロに行って、その時は知らなかったのですが、かの"今泉棚"と呼ばれていた棚から本を買うのが楽しみでした。今泉さんという書店員さんが選んだ本が並んでいる棚で、思想も文学もみんなごっちゃになった棚があったんです。
その経験があったから、その後本の雑誌社に入ってから、ジュンク堂の田口久美子さんという、もともとリブロの礎を作った方にお願いしてできたのが『書店風雲録』という本。僕にとってはいろんな謎が解けてホッとした1冊です。

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