『リピート』

  • リピート
  • 乾くるみ (著)
  • 文春文庫
  • 税込790円
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評価:星5つ

 今の記憶を抱えたまま、十ヶ月前に戻れるとしたら……確かに、金銭面で大いに人生を変えることはできるでしょう。俺は現在、会社でロトとナンバーズの携帯サイトを運営しているのですが、当選金が高くて当選者が少ない回の当選番号を覚えておくだけで、楽に余生を過ごせるでしょうし。でも、それくらいしかメリット浮かばないですね……

 例えば、人間関係の失敗を取り返そうと思っても、たかだか十ヶ月程度ではどうにもならないだろうし。この作品のように、なまじっか後悔しないように先回りして手を打ったばかりに、前より更に悪い状況に陥ることもある訳だし。そのうえ、過去には起こっていない連続殺人にも巻き込まれると来た日にゃ。

 「過去に戻って人生やり直せます」という、一見、いいことづくめな設定で、これだけ悪意に満ち溢れた展開を生み出す作者の手腕に感嘆しました。美味しいけど怪しすぎる勧誘電話には、くれぐれも気を付けようと思います。

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『裏ヴァージョン』

  • 裏ヴァージョン
  • 松浦理英子 (著)
  • 文春文庫
  • 税込590円
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評価:星4つ

 自分はもう随分前から、結婚して家庭を持つなんて夢は、実現不可能だろうと諦めているのですが、これから先の人生もずっとひとりでいなければならない、ということに対する寂しさや恐れには、まだまだ慣れることができず、今後解決していかなきゃいけない課題なんだろうなあ、と思います。だから、この作品を読んでいて、身につまされることが多くて。

 変わってしまった相手をなじる前に、相手が変わったと思っている自分の心そのものが以前と異なるのではないか、と自問自答した方がよくないですかね、と鈴子と昌子の双方にツッコミを入れたくなるのですが、そのツッコミ自体、俺自身に返ってきそうで怖いです。

 相手に対する批判という形しか採れないコミュニケーションは、いつ相手を失うか分からない、そんな緊張感にたえず満ち溢れ、そうであるが故に、寂寥感を絶えず漂わせがちです。寒さが身にこたえる時節に読むには、あまりにも痛すぎる作品でした。

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『袋小路の男』

  • 袋小路の男
  • 絲山秋子 (著)
  • 講談社文庫
  • 税込420円
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評価:星5つ

 たぶん、表題作と、表裏の関係の『小田切孝の言い分』については、他の方が存分に語って下さっていることだろうと思うので。中学高校と天文部員だった俺としては、もう一つの収録作品『アーリオ オーリオ』について語りたいと思います。

 プラネタリウムに連れて行ったことをきっかけに、姪の美由と文通することになった哲。こんなかわいい姪っ子がいたら、絶対、いろんなとこに連れ回すね。将来の夢とか、星への興味とか、飼い始めた犬のこととか、いろんなことを話してくれて、俺は一生懸命聞き手に回って。十代の頃にしか抱き得ない、心の中の小さな星系を、作者はこわれものでも扱うように大切に慎重に描き上げています。

 読んでるうちに、本物の星空に逢いたくなってきました。ま、かわいい姪っ子がいる訳ではないですし、一人で野宿することになるんでしょうけど。夏になったら、俺が中学生だった頃と変わらない、ペルセウス座流星群を観に行こっと。

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『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』

  • 乱世疾走 禁中御庭者綺譚
  • 海道龍一朗 (著)
  • 新潮文庫
  • 税込940円
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評価:星3つ

 戦国の革命児・織田信長。彼の進む道は果たして、天下に平和をもたらすのか、それとも、更なる戦乱を招き起こすのか。その行く末を見定めるために、上泉信綱をはじめ錚々たる面々が推薦人となり「禁中御庭者」を結成。一癖も二癖もありそうな連中が、最初は反目しあうものの、危難を乗り越えながら、次第にチームとしての結束を固めていくさまは、エンタメ小説の王道だと思うのですが……

 読み終わって、何か物足りない。何だろう、と思った時に、ふと、自分の軸足が置かれている「ゲーム」というジャンルとの関連で、気付いてしまいました。そう。この小説には「小説世界全体に君臨する敵」がいないということに。

 信長はあくまで、彼らにとって観測対象に過ぎず、物語各所で出てくる敵対的勢力は、所詮、各キャラに因縁のあるローカル限定なものになってしまっているのです。

 せっかくいいキャラ集めたのに、疾走させただけで終わっているのが残念です。

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『とせい』

  • とせい
  • 今野敏(著)
  • 中公文庫
  • 税込840円
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評価:星5つ

 『唐獅子株式会社』(小林信彦)という作品が大好きでして。ヤクザの組長が放送局やったり映画作ったり野球チームで試合やろうとしたり、と、80年代前半くらいまでの事象を巧みに取り込んだ、スラップスティック小説の傑作です。この作品を読んでて、21世紀の『唐獅子』に出会えた、と思ったのは俺の錯覚ではないはずです。

 『唐獅子』のめざした、笑える要素をオーバーに突き詰める方向での展開ではなく、今野作品らしい、リアリティを追求した結果、かっこよくて洗練されていて、それでいてちょっとおかしみもある話になっているのが、独自の魅力となっていると思うのです。

 好奇心旺盛な親分の気まぐれで、出版社の再建に乗り出さざるを得なくなった代貸・日村の、困惑しつつも打てる手を何とか打とうとする、いまどき珍しい不器用で生真面目な働きぶりが、もはや現実世界からは失われた「任侠精神」を体現するかのようで、とても好感が持てました。

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『神州纐纈城』

  • 神州纐纈城
  • 国枝史郎(著)
  • 河出文庫
  • 税込840円
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評価:星2つ

 少年ジャンプでは、コミックの連載開始時は巻頭カラーで掲載し、以降は人気投票の結果で雑誌内での掲載ページの位置が決まり、人気が振るわなければ、話が中途でも打ち切られてしまう、という方式が採用されています。

 この場合、風呂敷を大きく広げたところで、人気ががくっと落ちた時は悲惨です。舞台装置もキャラも揃って、さあ一大決戦だ、と盛り上がった読者の気持ちは、どこへぶつけたらいいのでしょうか。

 ええ、そうです。この作品にも、全く同じような思いを感じさせられたのですよ。人の血で染め上げた「纐纈布」に引き寄せられ、本栖湖にある纐纈城に向かう若君。彼を追う、無邪気な少年盗賊。精巧な仮面を作り出す美女の尼。奇病に侵された城主は、甲府の町に伝染病を撒き散らし、その一方で軍師・山本勘助は謎の新兵器を開発中……

 これだけ奇天烈なキャラとギミックと設定を起こしておきながら、唐突に「未完」って言われても。あんまりです。

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『古時計の秘密』

  • 古時計の秘密
  • キャロリン・キーン(著)
  • 創元推理文庫
  • 税込693円
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評価:星2つ

 この1年、俺の書評にお付き合い頂いた皆様には、たいがい見当がついているかと思うのですが、俺は、利発でまっすぐで元気な少女がとっても好きです。誤解を避けるために言っておくなら、それは、恋愛対象としてということではなく「かくあればいいのに」という、憧憬の対象であり、感情移入のための偶像としてということです。言い訳終了。では本題へ。

 で、この作品。確かに主人公は利発でまっすぐで元気な少女なんですが……残念なことに、感情移入しきれずに終わっちゃいました。児童文学の中には、大人が読んでも心動く作品と、子供だからこそ心動く作品があると思うのですが、この作品は、明らかに後者だと思うのです。

 なまじ創元推理文庫なために、ガチガチなミステリを期待してしまった自分が悪いとは思うのですが。本音突き詰めると、少女探偵ナンシーに憧れの想いを抱くには、俺はもはや年寄りだってことかな。10歳になる前に出会いたかった。

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『幼年期の終わり』

  • 幼年期の終わり
  • アーサー・C・クラーク(著)
  • 光文社古典新訳文庫
  • 税込780円
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評価:星5つ

 『SFマガジン』を10年読み続けないと「SF者」って名乗っちゃいけないって本当ですか。10年以上読んでるけど、いまだに俺は「SF者」って名乗る自信ないですが。で、そんな生涯一素人SFファンの俺ではありますが、もちろんこの作品は名作中の名作ですし、今回でたぶん読むのは6回目。でも、読むたびに「何でこんなに哀しいラブストーリーを書くかなクラークも」って思っちゃうのです。

 え、どこが「ラブストーリー」かって? この作品は、自分にはない素晴らしいものを相手に見い出し、恋焦がれて辛い想いをして、相手が手の届かないところに行っちゃうのを見守り、辛い思いしながら「ばいばい」する話ですよ。「お前に俺の気持ちは分からないだろうけど、俺はお前のこと死ぬまで忘れない。さよなら」ってのを、オーヴァーロードとかそういうのに託して書いてるんです。

 かなり偏っててすみません。でも、幻視と偏愛は「SF者」の特権ですし。

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『脱出記』

  • 脱出記
  • スラヴォミール・ラウイッツ(著)
  • ヴィレッジブックス
  • 税込882円
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評価:星4つ

 証拠も何一つないのにスパイに認定され、貨物のように運ばれてシベリアで強制労働。こんなところで二十年以上もやってられるか、ってんで、仲間を募って大脱走。厳寒のシベリアから酷暑のゴビ砂漠、果ては登山の経験も無いのにヒマラヤを越えてインドまで、逃げに逃げた男たちのノンフィクション。

 すごい人たちに対して「すげえ」って言うだけでは芸がないから、何とかしたいんですが…… どうしても「もうちょいいろいろ考えてから動いた方がええんちゃうか」という、身もフタも血も涙も無いツッコミを入れたくなってしまうのです。いや、本人達は当然、逃げるのに必死だったとは思うんですが。さすがにモンゴルまでソ連兵が追ってくることもないだろうから、砂漠越えの準備は万端にしていいんじゃないか、とか、何でヒマラヤ越えなきゃいかんのか、とか。

 突っ込むとかえって自分の卑小さが目立ちますね。ごめんなさい。素直に感動を伝えられなくて。

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『キューバ・リブレ』

  • キューバ・リブレ
  • エルモア・レナード(著)
  • 小学館文庫
  • 税込820円
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評価:星3つ

 大学受験で世界史を勉強しても、ラテンアメリカ史ってのはどうしても後回しになってしまいます。馴染みがなくって複雑で覚えにくい上に、あんま出題されないとなれば、「米西戦争」って用語が、受験してから二十年近くを経て久々に思い出されるだけでも、まあ上出来かと思うのです。

 そして、用語集なら10行も説明が入らないだろうと思われるこの米西戦争を背景に、密輸、投獄、脱走、誘拐、そして熱愛という、慌しくけたたましいドラマが展開されるこの作品。

 最初の方は、何のためらいもなく人に銃を向けてぶっ放す主人公・タイラー(ま、撃つだけの理由はあったにせよ)に、正直あまりスムースには感情移入できなかったのですが、戦争のどさくさに紛れて、いろいろ行動に出るあたりから、次第に許せるようになって来ました。

 ま、このキューバという国では、何が起こっても不思議はないんだろうな、という諦めに似た思いが強くなったせいなのかなあ。

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三浦英崇

三浦英崇(みうら ひでたか)

1970年1月16日生まれ。生まれも育ちも港町・ヨコハマ。ゲームのシナリオ書きから、データベースの子守りを経て、現在は携帯サイトの企画屋稼業。
活字なら何でも好き嫌いなく食べますが、特に好物はSFとミステリと歴史もの。好きな作家は……この字数じゃ書ききれませぬ。最近は、恩田陸、加納朋子、芦辺拓、川端裕人(以下多数)。本拠地は有隣堂の横浜ザ・ダイヤモンド店。
座右の銘は「本買わずに書店出る奴は負け」。
日常風景は「涼色貼雑年譜」(http://suzuiro.net/)にて。
mixiでも本名で出てるので、気が向いたら日記なぞご覧頂き、ツッコミ入れると吉です。

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