コラム / 高橋良平

ポケミス狩り その13
「ハヤカワ・ポケット・ブックの巻」

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 西荻に住んでいたある日、いつもの古本屋クルーズをしていると、森田書店の店先の廉価本台で、見知らぬポケミスの背文字が目にとまった。それが清水俊二・福島正実共訳の『巨象の道』で、[HAYAKAWA POCKET MYSTERY]ならぬ[HAYAKAWA POCKET BOOKS ] という別のシリーズだった。へえ〜っ、こんなのもあったんだと物珍しく思っただけで、そのまま台に戻した----例によって、後悔先に立たず。
 さて、このシリーズ、一般には映画原作をラインナップした叢書として知られているが、どうも当初は別の思惑があったようだ。というのも、最初期の自社広告をみると----

 501 『陽のあたる場所(1)』セオドア・ドライサー(田中純訳)
 502 『陽のあたる場所(2)』セオドア・ドライサー(田中純訳)
 503 『陽のあたる場所(3)』セオドア・ドライサー(田中純訳)
 504 『日もまた昇る(1)』アーネスト・ヘミングウェイ
 505 『日もまた昇る(2)』アーネスト・ヘミングウェイ
 506 『シェーン』ジャック・シェーファー(清水俊二訳)
 507 『凱旋門』エリッヒ・マリア・レマルク
 508 『武器よさらば』アーネスト・ヘミングウェイ
 509 『大地(上)』パール・バック
 510 『大地(下)』パール・バック)
 512 『逃亡者』ジョン・スタインベック
 513 『神の狭き土地』アースキン・コールドウェル

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右上、右下、左下/装幀・勝呂忠
 と、7作の書名が挙がっており、既刊分のみ訳者名を明記したリストで、ご覧のとおり、映画化もされている名作が目立ち、ずいぶん文芸色が濃いセレクトである。ほぼ同時期の宮田昇企画、若者向けの文芸文庫[ウェルテル文庫]と同工異曲の観がしないでもないものの、なぜ映画原作シリーズに路線変更したのかは、まだ突きとめていない。『陽のあたる場所』の親本が、早川書房を準倒産に追いこんだ経緯は、本誌連載で詳しく述べたが、同じ英米文学でも映画原作のほうが売れ行き良好なのが一因だろうか......。

 ともあれ、1953(昭和28)年9月、ポケミスと同時スタートの[HAYAKAWA POCKET BOOKS]を、手持ちの資料を参考に改めてリストアップすると、

 501 『陽のあたる場所(1)』セオドア・ドライサア (田中純訳)53年9月刊
 502 『陽のあたる場所(2)』セオドア・ドライサア (田中純訳)
 503 『陽のあたる場所(3)』セオドア・ドライサア (田中純訳)
 504 『黒バラ(上)』トマス・B・コスティン   (井上一夫訳)54年4月刊
 505 『黒バラ(下)』トマス・B・コスティン   (井上一夫訳)54年8月刊
 506 『シェーン』ジャック・シェーファー     (清水俊二訳)53年9月刊
 507 『私たちは孤獨ではない』ジェイムズ・ヒルトン(村上啓夫訳)54年6月刊
 508 『心のともしび』ロイド・C・ダグラス    (福島正実訳)54年12月刊
 509 『ヴィアフラミニアの女』アルフレッド・ヘイズ(中田耕治訳)54年6月刊
 510 『第三の男・落ちた偶像』グレアム・グリーン (遠藤慎吾訳)55年3月刊
 511 『赤と黒』スタンダール          (秘田余四郎訳)55年1月刊
 512 『海底二万里』ジュール・ヴェルヌ      (村上啓夫訳)55年4月刊
 513 『巨象の道』R・スタンディッシュ (清水俊二・福島正実訳)54年8月刊
 514 『わが青春のマリアンヌ』P・メンデルスゾーン(小松太郎訳)55年6月刊
 515 『麗しのサブリナ』サミュエル・テイラー   (清水俊二訳)54年9月刊
 516 『ジェニーの肖像』ロバート・ネイサン    (井上一夫訳)54年4月刊
 517 『黄金』B・トレイヴン           (山本政喜訳)54年8月刊
 518 『蛇の卵』デイヴィッド・ダンカン       (野崎孝訳)55年7月刊
 519 『必死の逃亡者』ジョセフ・ヘイズ      (蕗沢忠枝訳)55年10月刊
 520 『ハリーの災難』J・T・ストーリイ     (田中融二訳)56年1月刊
 521 『若い河』デヴィッド・ウォーカー      (福島正実訳)56年2月刊


 なお、手持ちの『シェーン』は55年9月刊の9版、『第三の男・落ちた偶像』は57年2月刊の7版。ポケミスの巻末広告などからして、これでリストは完成だと思っていたら、〈悲劇喜劇〉や〈EQMM〉で広告すらされなかった現物を、古本屋で発見してしまい、はてさて、困った困った。

 523 『悪人への貢物』ジャック・シェーファー  (平井イサク訳)56年11月刊
 524 『誇りと情熱』C・S・フォレスター    (土井俊次郎訳)57年1月刊

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左/装幀・中根良夫
 それが書影もあるこの2冊で、『悪人への貢物』は、シェーファーの短篇集 The Big Range (1953)からワーナー映画の原作「ジェレミイ・ロドック」ほか4篇を選んだ抄訳版だと裏表紙に断り書きがある。522 番の作品はいずれ判明するにしても、はてさて、これ以後も継続されたかどうか、手掛かりもなく、さっぱり分からない。

 なお、蛇足ながら、[HAYAKAWA POCKET BOOKS]の通巻番号が501 から始まっているのは、江戸川乱歩監修の[世界探偵小説全集]のポケミスが全500 巻で完結を予定していたからである。〈500 巻完結の際は世界に類を見ない完璧の大全集となります〉と広告で謳っていたものである。
 そして、さらに企画された[HAYAKAWA POCKET BOOKS]の姉妹シリーズに、ご存じの[シメノン選集]があるが、その話はまた次回にて。

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