『津軽伝承料理』津軽あかつきの会
●今回の書評担当者●未来屋書店宇品店 河野寛子
津軽地方(青森県西部)は、陸奥湾を抱え、北は津軽海峡、西は日本海に面した豪雪地帯として知られる。しかし夏には一転、好天に恵まれ米の生産量も多い。
本書の「津軽あかつきの会」は青森県弘前市で活動する伝承料理団体だ。
90年代半ば、農家の主婦ら数人で農作物直売所に残る作物の有効活用法について考えていた。そこで地元の年長者らに、郷土レシピを聞き回り津軽料理を作り始める。今では他県のみならず、海外観光客やプロの料理人も多く訪れているという。
そこでふるまわれる料理の作り方と風土を伝えるのがこの「伝承本」だ。
なぜ多くの人がここを訪れるのか。その理由は「食べる」を出発点に、気軽なムード体験をしたい、伝える役割を引き受けたいなど、いずれもふつふつとした情緒にあるようだ。
「伝承料理」とは、郷土料理を作り、食べさせるとともに、料理の背景までも後世に伝える活動のことをいう。
本書の「春夏秋冬」「行事と日常」の五項目で紹介される料理は、どれも素朴で、味は間違いなく白米に合いそうだ。幾つか見てみよう。
春:ばっけ味噌・うどの酢味噌和え
夏:なすの三五八辛子漬け・たけのこ汁
秋:さもだしの味噌汁・栗ご飯
冬:煮しめ・鮫なます
行事と日常:赤飯・かやき味噌
ここに並ぶ津軽伝承料理の肝は、保存食と発酵食だ。保存と発酵の出来を左右する気候は、冬を乗りきる蓄えの要でありこれが津軽伝承料理の背景を知る手がかりとなる。
その地理と気候、保存食の仕込み期間が見開き4頁で掲載されている。料理本の中でも際立つ魅力は、この食材の生まれた根拠をびっしりと示したしぶとさだ。
まず特徴的な気候について見開きの絵地図と文章で記されている。八甲田山系や日本海との関係は、遠方に住む私でもよく分かる。その気候に沿う活動工程表が次の頁につづく。右から左へ食材採取から始まり食べきるまでの期間が割り振られている。
〝食べ頃〟の説明は見かけても〝食べつくす〟時点が示されている表はめずらしい。
中身ばかりか、装幀にも目が留まる。
表紙は、小鉢の並んだ膳と御飯と汁椀が置かれた俯瞰の写真だ。そこへ粘り強い毛筆の題字の白い短冊が載っている。棚差しにしても目を惹くこの力強い書は、同じく弘前市出身の書家、吉澤秀香さんが担う。表紙をめくると、赤い遊び紙(見返し)二枚はさんで扉へと辿り着く。料理本にもよるが、頁をめくる手間や汚れを避ける気遣いからか、見返しを省いたものは多い。たしかに無駄な紙は実用的でないし邪魔だ。
けれど、見返しはアプローチにもなる。
長く伝わる料理への敬意や、拘りというよりも徹底したその土地への執着に近いものが装幀から伝わる。
料理本の皮を纏った伝承本。観光客や、他県で今読んでいる私よりも、津軽に暮らす人にこそ、いちばん食べてほしいのよ!と、彼女達からのラブコールが聞こえてくる。
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- 未来屋書店宇品店 河野寛子
- 広島生まれ。本から遠い生活を送っていたところ、急遽必要にかられ本に触れたことを機に書店に入門。気になる書籍であればジャンル枠なく手にとります。発掘気質であることを一年前に気づかされ、今後ともデパ地下読書をコツコツ重ねてゆく所存です。/古本担当の後実用書担当・エンド企画等