『私のアルバイト放浪記』鶴崎いづみ

●今回の書評担当者●丸善博多店 脊戸真由美

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壁に電話ボックス大の交番が埋め込まれた家を掃除したこともあった。お掃除の仕事はスピードと身のこなしが問われるスポーツのようなところがあり(お掃除スタッフ)
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 15のときからずっとアルバイトだ。そこそこ若い頃までは、ダブル、トリプル。本屋の後も、橋を渡って中洲のスナックへ。電話をとると、飲み屋なのに「はい、マルゼ‥」と本屋の名前を口走り、どこにいるのかわからなくなっていた。あそこの店に今、イチロー来てるってよ、とか連絡網がまわってきてた時代。ここも元プロ野球選手の店だった。

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次のポーズに入る前にモデル台を少し回転させる。
こうすることで全学生に満遍なく全ての角度を見せられる。一つの授業でだいたい十五万円ほどの稼ぎになる。(頭部モデル)
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 ヌードのデッサンモデルに誘われていたことがある。友だちがやっていたのだ。当時は人の視線が怖かった(自意識過剰)若さという武器は使わないまま、機は逃げた。

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米軍基地にも行ったことがある。
ゲートをくぐれば、ここは住所の上ではカリフォルニアだ。遠くの方からサンタクロースが現れた。
そう、今日はクリスマス、ここはアメリカだ。(引越梱包スタッフ)
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 北欧パブの仕事もやった。北欧美女が一斉送還されたというので。お客さんがある程度埋まるとショータイム。「ジェイメンズ」という外国人男性がビキニパンツ一丁で踊り、女性客がチップを股間に挟む、という店が繁盛してた頃。ビルの階段からよく見えた。待ち時間に、美しい男が腰をくねらせてるのを眺め、気合いを入れていた。

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面接も何度か経験すると、入り口で何らかの違和感を察知する能力が高まる。(面接編)
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 ヘルスのスカウトに気が合うひとがいた。興味本位でついて行った。うす暗いビルの階段をぐるぐる昇り、屋根裏部屋のような事務所へ。奥にパンチパーマ、金ネックレスのおじちゃんが座っていた。一瞥され「あんたみたいのが来るところじゃねぇよ」とVシネマみたいなセリフで帰された。お呼びじゃなかった。

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測量会社には、チェックのシャツを着た男性がやたら多かった。(測量会社従業員)
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 本屋の店員はメガネ多め。レジに5人メガネが並ぶとパチンコフィーバー。井上が3人集まるときもある。田中も重なりがち。大型書店あるある。

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「わたしにとってアルバイト生活費を稼ぐという目的はもちろん第一にあったが、一方で、ふだん垣間みることのない、社会のいろんな側面を見学する、フィールドワークのような意味をもっていた」
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 老眼の進み具合からして、本屋の現場でいけるのもMAX5年とふんでる。目次には「水道検針員」「梅調査員」「青果部スタッフ」年齢層高めの職場も並ぶ。どれも興味深い。中高年のハローワークとして携えておきたい。わたしの放浪記はまだ続く。

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丸善博多店 脊戸真由美
丸善博多店 脊戸真由美
この博多の片隅に。文庫・新書売り場を耕し続けてウン十年。「ザ・本屋のオバチャーン」ストロングスタイル。最近の出来事は、店がオープン以来初の大リニューアル。そんな時に山で滑って足首骨折。一カ月後復帰したら、店内全部のレイアウトが変わっていて、異世界に転生した気持ちがわかったこと。休日は、コミさん(田中小実昌)のように、行き先を決めずにバスに乗り山か海へ。(福岡はすこし乗るとどちらかに着くのです)小銭レベルの冒険家。