『カード師』中村文則

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

 新作『列』が発売されたら書評を書こうと我慢していたのに、『カード師』の文庫化でもう私は堪えきれなかった。

 私は中村文則が好きだ。

 家族旅行で長崎へ行った時、早くハウステンボスへ行きたい子供たちに頭を下げて、『逃亡者』に出てきた岩永マキの銅像を見に行かせてもらったし、書店員なのに『掏摸』が大好きだ。

『カード師』を読んだ時、私は育児休暇中で、左手に赤ちゃん、右手にカード師を持っていた。どっちも重いから常に肩こりだったが、子育ての気晴らしができてとても助かった。あれから二年経って、左手にいた赤ちゃんは今、三歳になっている。

 さて、この本のテーマは「何を信じるか」だと思う。占いを信じない占い師の主人公は、謎の組織のトップの専属占い師になる。占いが外れると殺されそうになるし、闇ポーカーに参加してしまうし、スリルしかない日々を送っている。本筋の話以外にも、物理学や宗教、錬金術、悪魔ブエルの召喚など、様々な話が盛り込まれている。例えば古い手記にある錬金術師は「実際に錬金術を見た」と言う。幼少期の主人公は、魔法陣で悪魔ブエルを召喚し「ブエルが天井の角にいて話しかけてくる」と言う。私はどちらも嘘だと思う。信じすぎて見えた幻覚だと思うが、それで本人たちが幸せなら何も問題はない。だが、錬金術師は錬金術を見たと言ってしまったから、領主の命令でずっと錬金術をやらされていたり、主人公はブエルを葬るために女性を犠牲にして後悔していたりと、本人たちは全く幸せそうではない。

 では、何を信じれば幸せに近づけるのか? 信じてもいいことは二つある。一つ目は、必ず明日が来ること。二つ目は、その明日は何が起こるかわからないことだ。この言葉はコロナの不安を解消するための希望として書かれているが、コロナ以外の不安にもこの言葉は通用する。今日が最悪でも明日は良くなっているかもしれないと信じると、こんな世の中でも明日に希望が持てるだろう。

 さらに、この本の醍醐味は、クラブRでのポーカーだ。長い本が苦手な方は、ポーカーの場面だけでも読んでもらいたい。全財産を賭けるポーカーは、ギャンブル好きやマゾなど、狂人たちが参加する。参加者たちの狂った姿も最高だが、その中で主人公は真っ当な精神を保ち、どう生き残るか。手に汗握る展開をぜひ味わっていただきたい。

 先日、中村文則のホームページでアニメ曲をヘビメタで歌っている人が紹介されていた。私はヘビメタ好きだから何回も聴いて、笑って、とても楽しい時間を過ごせた。私にとって中村文則は楽しさを与えてくれる人だ。きっと新作『列』も私に楽しさを与えてくれると期待して、単行本の発売を待っている。

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明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。