『リラの花咲くけものみち』藤岡陽子

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

「書店員をやっていてよかった」と思える本にたまに出会えることがあるが、この本がそれだ。

 この本は獣医を目指す女の子の話だから、キラキラした小説が苦手な私は、自分からは絶対に手に取らないタイプの本だ。だが、出版社さんからおすすめしていただき、著者の方からお手紙までいただいて読んでみると、全然キラキラしておらず、動物の生と死について真剣に向き合って成長していく話だった。

 主人公の聡里は、継母からネグレクトを受けているところを祖母のチドリに助け出されて、獣医を目指すようになり、北海道の大学へ進学するが、初っ端から、産まれたての仔馬を殺して母馬を助けるというどぎつい描写と、「この現実が受け入れられないなら獣医は目指すな」という、どぎつい先輩の言葉から始まる。傷を舐めあうような友情もの、恋愛ものの話ではないことが分かる。

 そんな中で、捨て犬の問題や、ペットの高額治療費に苦しむ飼い主など、人間と動物の在り方について聡里は悩んでいく。

 私も犬を飼っていたからペットを飼う悩みに共感できた。私の実家で飼っていた小型犬は、歩けなくなり腰の手術をしてリハビリをしたり、犬の認知症になり粗相が増え、昼夜問わず吠え続けるようになったりした。体の弱い犬だったが十四歳まで生きた。葬式の時に、一緒に火葬してもらおうと私は手紙を書いた。その手紙には、リハビリや介護を実家に任せてしまい後悔していることと、次はずっと面倒を見たいから、もし輪廻転生があるなら私の腹の中に来て欲しいと書いた。

 その後、私は程なくして二人目を妊娠した。

 本当に輪廻転生したのかわからないが、二人目は高熱が続いて一か月以上入院したことがある。大変だったが、あの犬が戻ってきてくれた気がして嬉しいし、あの犬よりは体が丈夫だから安心している。

 こんな話をすると、この本に出てくる綿引先輩に「女性はそういうロマンティックな設定が好きだからね」と言われるだろう。

 だが聡里と同級生の残雪君なら、アイヌ文化のカムイの話をしてくれるだろう。人間が動物を食べる時に感謝すると、その動物は神の世界であるカムイに帰ることができるという話だ。それを聞いて聡里は元気になるのだが、私は神の世界から犬を呼び戻してしまったかもしれないと思い、少しだけまた詫びた。

 さらに、この本には今の畜産業の苦境も描かれている。それはネット書店や電子書籍で苦境にいるリアル書店と似ていると思った。畜産業も諦めずにいい仕事をしていれば、必ず報われると書かれていたから、私もリアル書店だから出会える良い本を提供していこうと勇気づけられた。

 最後に、道後温泉にある某コンビニの看板のロゴで、燕の巣のある文字だけ電気を消している話がこの本には出てくる。愛媛県民はぜひ読んで、ほっこりしてもらいたい。

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明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。