『古くてあたらしい仕事』島田潤一郎
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
私は書店員だ。書店員でなかったら、何の仕事をしていただろう。
本屋さんで本を選ぶのが好きだからそういう幼い頃の自分の気持ちが後押しをして、この仕事をしているような気がする。
そんな自分に本書は今の仕事に対して、気持ちを高ぶらせたり、安心させたり、考えこませたりする。そして生き方をも問いかけてくるのだ。
従業員ひとりの出版社、夏葉社の島田潤一郎さんがその歩み、思っていることを、丁寧にひとつひとつ綴っている真実が語られた本だ。
出版社を始めるきっかけは、仲の良かった従兄が亡くなり、哀しみで立ち止まっていた叔父と叔母のために、『自殺した子どもの親たち』(青弓社)の中にあったホランドの詩を1冊の本に仕立ててプレゼントしたいというところから始まっている。誰かを思って本をつくる、これこそが最大のやる気の吸引力だ。
島田さんの仕事には何か同じ目を持っている人が直接、間接的に多大なる影響を与え、息づいている。それは好きな音楽、映画、本なんでもいい、ずーっと本屋で本を選んでいる時のあのときを共有した人でもいい。
今の時代に忘れがちなもの、今の時代に光があたっていないものが、ある時ふと新鮮なものとしてこの目にうつる。どんなに古いどんなにマイナーなものでも、あたらしいものになる可能性を秘めている。そうこれは本のみならず、人生を映し出しているようだ。
本を読んでいるあいだは、普段の自分の頭では考えられないことや日々の生活とはほど遠い大きな物事についても考えることができる。
一生何度も何度も読み返すいい本、その本は個人的には、多少値段が高くても、美しいその本にふさわしい佇まいをしてほしい。妥協を決してしない仕事には頭がさがる。自分が欲しくなる本をつくる。
私はこんな本を売っていきたい。こんな本が読みたいと高らかに叫びたい。
人生が一度きりなのであれば、今の仕事をできるだけ長く続けたい、今の仕事が好きだと言う。
古くてあたらしい仕事。心に爽やかな風が吹いた。やっていこう。自分もこの気持ちを心に刻みながら。
順風満帆に出版社を起業し、出版社を成功に導いたそれだけのサクセスストーリーだったら、こんなにも多くの付箋を挟むことはなかっただろう。
何社も就職活動に失敗し、出版社を作り、思ったこと、実践してきたことが正直に語られているから深く心に響くのだ。
この気持ちは自分の一部にも存在していて忘れかけていたもの、そして新しく現れたものかもしれない。
自分に正直に生きているか。
何か大きなものに気持ちをのみ込まれていないか。
怠けていないか。
ずるをしていなかと自らを深く考える。
島田さんの仕事、古くてあたらしい仕事が生き続けているこの世界は、信用できる、希望が持てると思いたい。今の時代に希望の光を見た。
- 『最高の任務』乗代雄介 (2020年2月13日更新)
- 『月まで三キロ』伊与原 新 (2020年1月16日更新)
- 『ザ・ロイヤルファミリー』早見和真 (2019年12月12日更新)
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- ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
- 生まれも育ちも京都市。学生時代は日本史中世を勉強(鎌倉時代に特別な想いが)卒業と同時にジュンク堂書店に拾われる。京都店、京都BAL店を行き来し、現在滋賀草津店に勤務。心を落ちつかせる時には、詩仙堂、広隆寺の仏像を。あらゆるジャンルの本を読みます。推し本に対しては、しつこすぎるほど推していきます。塩田武士さん、早瀬耕さんの小説が好き。