【今週はこれを読め! エンタメ編】冴えない人生を抱きしめる連作集〜佐々木愛『じゃないほうの歌いかた』

文=高頭佐和子

  • じゃないほうの歌いかた
  • 『じゃないほうの歌いかた』
    佐々木 愛
    文藝春秋
    1,980円(税込)
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 カラオケボックスを舞台にした連作小説集である。主人公となるのは、そこにやってくる客と働いている従業員たちだ。ほとんどの人物が地味で冴えない。挫折感とかコンプレックスとか諦めとかが滲み出ちゃっている感じだ。冴えないことについては結構自信がある私としては、共感と恥ずかしさと慰めたり励ましたりしたい気持ちがごちゃまぜになってしまった。でも、最後にはどうしてか、ひとりでマイクを持っておもいっきり大声で歌ってみたくなった。

 一話目の主人公・池田さんは、小さなスーパーマーケットでアルバイトをしている。東北の小さな町から上京して東京の大学に進学したが、最初の親睦会から雰囲気に馴染めなかった。卒業後はどうにか小さな会社に就職したが、ほどなく辞めてしまった。きっかけはどちらも「カラオケのイメージ映像に出ていそうな女」と言われたことだ。決して意地悪な感じで言われたわけではないのだが「ださいし、何者にもなれない」と指摘されたような気がして、自分を追い詰めてしまったのだ。元々はひとりカラオケ好きだったのに、そんなこんなでカラオケ恐怖症になってしまった。

 そんなの気にしすぎだよ。ださくたって別にいいじゃん。楽しく生きることはできるよ。そんなふうに言ってあげたくなるけれど、自分はこの場所にふさわしくないんだな、みんなにもそう見えてるんだな、と勝手に思って動けなくなってしまう感じは、私もよくわかる。ある日、矢沢永吉とスティーブ・ジョブズの話ばかりしているベテランアルバイターの昭一さんと、仕事が早くて頼りになる優秀な学生アルバイトの平畑くんに誘われ、3人でカラオケボックスに行くことになってしまう。

 100%のオレンジジュースを水道水で薄めながら「東京は水がおいしくないでしょう」と言うお母さん。「どうして東京にいるの?」と悪意なく質問してくる会社の先輩。ひとりカラオケでかけた「東京」の歌。昭一さんが選ぶ愛・勇気・夢などポジティブワードがたっぷり入った歌のモニター映像を見ているうちに、さまざまな負の記憶が呼び起こされてくる。妄想と現実が混ざり合った脳内世界の描写がすばらしくて、切ない。苦しくなって部屋を出た池田さんは、溢れ出る感情のままにおかしな行動をしてしまう。

 人は、例えば悲しい時に「悲しい!」とストレートに言ったりするかというとそういうわけではない。泣くというわかりやすい表現をするとも限らない。感情につきまとっているいろいろな記憶や経験は、はたから見たら意味不明な言動を引き起こして、人々を困惑させたり誤解を招いたりすることもある。妙な空気が漂うそんな瞬間や「そこに注目?」と言いたくなるような細かい部分を、佐々木愛氏は見逃さずに捉える。

 次々に登場する冴えない人たちに、人生が大きく変わる奇跡みたいなものは訪れない。だけど、しょっぱいことが次々起こる人生だって、捨てたもんじゃないなあと素直に思える小さな出来事や、誰かのひとことが最後に待っている。

 特に二話目の「加賀はとっても頭がいい」がいい。近年読んだ失恋小説の中で一番好きだ。筋肉少女帯ファンの皆様にも、ぜひ読んでいただきたい一篇である。

(高頭佐和子)

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