
作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん
大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。
その11「先行作品へのリスペクト」 (11/13)
――阿津川さんの作品には実在の作家の名前や書名が出てきますし、ストーリーにもオマージュ的なものが盛り込まれていますよね。先行する作家や作品にリスペクトを感じるし、体系的にいろいろ把握されていて、その知識が羨ましいです。
阿津川:この間、若林踏さんの「新世代ミステリ作家探訪」というイベントに呼ばれた時に、「体系的に読むというのはどういうことか」という話を結構したんです。若林さんがミステリ研に入られていた時はミステリを「体系的に読む」ということを軽視していた時期があったようで、「なぜ体系的に読むようになったんですか」と訊かれたのですが、
「いや、もう習い性で」としか言いようなくて。作品の元ネタを追い求めたり、引用文から興味を持ったり、ガイドブックとかで名前を出されると気になってしまうので読んでしまうんですよね。
そのイベントでも話した、私の「引用癖」のことなんですが、これは法月綸太郎さんの影響が大きいんです。法月さんの作品も章ごとに引用が入ったりするので。あとは中学生の時に読んだ宮部みゆきさんの『理由』ですね。宮部さんの作品の中で一番好きなんですけれど、大学生の時に読み返したら、冒頭がジム・トンプソンの『内なる殺人者』の引用から始まっているとはじめて気づいて。『内なる殺人者』の「善を為そうとしたのに全然うまくいかなかった俺たちみんな」という、ノワール作品のこだまみたいなものが『理由』にいかに活かされているかに気づいた瞬間でした。その時に、エピグラフって何かの手がかりになるし、足がかりにもなると思いました。
今書いている「館」ものの引用などは、それこそ何かの足がかりになればと思っているので、変なものも結構挙げているんですよ。デイヴィッド・ピースの『TOKYO YEAR ZERO』とか、どう考えても「館ものが読みたい」という人に差し出すのは変だけれど、もしかして何かしら残って、『TOKYO YEAR ZERO』を読む人がいるかもしれない。私が『理由』からジム・トンプソンに繋がったようなことになる可能性もあるので、そういう意味で何かしら残したい気持ちがあります。
今、いろいろ解説を書かせてもらったり、読書日記を書いたりする時も、必要以上に虱潰しにやってしまうので編集者から心配されているんですけれど。
――え、解説を書く時に虱潰しにやるとは、何をどれくらいやっているんですか。
阿津川:例えばですけど、5月に出る綾辻行人さんの『暗闇の囁き』の新装改訂版の解説を光栄にも書かせていただいてまして、綾辻さんも「自由に書いてくれていいです」みたいに気を使ったオーダーをくださったし、中学生の頃から思い出はいっぱいあるので素直に書けるんですけれど、一応「囁き」シリーズを全作読み返したんです。で、今までの解説は全て確認したいから祥伝社文庫版も全部揃えてきて確認して、それに、平成生まれの私があえて綾辻行人論を書くんだったら『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』の文章は何かしら使いたいと思って全3冊を読み返し、「ここまできたらもうちょっと怪談論みたいなのを掘り下げたい」と思って「綾辻行人クロニクル」全4冊から使えそうなところをピックアップして、「そしたら『眼球綺譚』からはじまるホラー作品だけは全部読み返しておこう」「いや、ホラーまで読み返したら「囁き」シリーズの間にある『人形館の殺人』シリーズを読み返しておかないと」となり...みたいなことを延々とやっていました。そういう馬鹿なことをやっているから一生終わらないんですけれど、「なんでそこまでするの」と訊かれても「習い性なんで」としか言いようがないんです。綾辻さんからは「チャーミングな解説」と言っていただいて、面映ゆいような、どうにも気恥ずかしいような気持ちですが、まあ気になる人は読んでいただければと。
――デビューされてからまだ数年なのに、解説書いている本数多くないですか。今までほかにどなたの解説を書きました?
阿津川:石持浅海さんの『パレードの明暗』、東川篤哉さんの『探偵さえいなければ』、アガサ・クリスティーの『雲をつかむ死』の新訳版、北森鴻さんの『狐罠』の新装版、ジェフリー・ディーヴァーの『オクトーバー・リスト』。そしてこれからですが、綾辻さんの『暗闇の囁き』です。