
作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん
大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。
その13「最近の生活&今後」 (13/13)
――在学中にプロデビューが決まった時、大学卒業後、専業作家になることは考えなかったのですか。
阿津川:やっぱり専業になるのは不安があったのと、自分の学生時代を振り返っても、「1日使っていいよ」と言われてもたぶん作業時間は増えないと思ったんです。1年留年はしましたけれど就職も決まっていましたし、ひとまず二足の草鞋で自分のペースを作りながらやれるならそれが一番いいかと思って。
それこそ小説家になってから最初の師匠が東川さんと石持さんで、石持さんはもう兼業作家のエリートみたいな方ですから。最初にお会いした時、「兼業作家になるんだったらひとつ守らなきゃいけないことがある。会社の門を出る瞬間まで小説のことを考えてはいけない」みたいなことを言われて、「ああ、この方は本当にバリバリ働いておられるんだな」と思って、そのイメージが残りました。
仕事をしっかりしながら小説を書けるんなら、それが自分の中で一番リズムがいいかも、とも思います。通勤電車の中で本を読んで過ごしていますし、会社から最寄り駅まで何気なく歩いている時にふっとアイデアや表現が浮かぶこともあるので、今のところライフスタイルには合っているのかなという気がします。
――読むのは速いんですか。それと、執筆はいつ?
阿津川:上には上がいることは承知ですが、読むのは速いとは思います。通勤は片道1時間くらいなんですけれど、調子のいい時は行き帰り用に2冊持っていないと読む本がなくなっちゃう時があるので。執筆は主に土日ですね。
――新作の『蒼海館の殺人』は、『紅蓮館の殺人』と探偵と助手役が同じですね。高校生たちが、『紅蓮館の殺人』では山火事の炎が迫る館で連続殺人事件の謎を解き、『蒼海館の殺人』は大型台風で河川が氾濫し濁流が押し寄せるなか、館で連続殺人の謎に迫る。ただ、『紅蓮館の殺人』で自称探偵の高校生、葛城君が探偵として壁にぶつかり、『蒼海館の殺人』では無気力状態になっています。さきほど、4部作だとおっしゃいましたね。
阿津川:『紅蓮館の殺人』を書いている時にはもう、対置する物語として『蒼海館の殺人』はプロットができていました。この2冊は信じられないほど同じ構成にしているんです。「紅蓮館」がそれなりに売れてくれたら「蒼海館」を書かせてもらえるかも、というくらいに考えていたんですけれど、光栄にも今回出せることになり、「蒼海館」が出せたらシリーズを考えてもいいのかなと思っていました。アン・クリーヴスが『水の葬送』『空の幻像』『地の告発』、未訳の『Wild Fire』でやっているように、私も「地水火風」で考えようかという話を編集者としています。
――風は分かるとして、土ってどうなるんでしょう。次作が気になります。
阿津川:言ってしまっていいのかな。一応、3作目は地震の予定です。「紅蓮館」と「蒼海館」でやった構図は一回なくして、もう少し謎解きものとしてシャープな構成で考えてみようと思いつつ。完成までにはお時間をいただきますが、今考えているところです。
――探偵の存在意義についてもまた、何らか描かれるわけですか。
阿津川:まあ、「蒼海館」のあの結末を受けて今後どうしていくのかは、当然あるだろうし、彼のスタンスがどうであれ、壁にぶつかる瞬間はあると思います。でもあんまり「探偵の苦悩」ものをやっていると私の精神状態が引きずられていくので、あまり深追いはしたくないですね。語り手である田所君にはそろそろ内面でうじうじするのをやめて、新しいステージに進んでほしいと思っています(笑)。
――では、今後についての告知事項といいますと。
阿津川:「ミステリマガジン」の5月号の「特殊設定ミステリの楽しみ」という特集に短篇「複製人間は檻のなか」を寄せています。3/25発売なので、このインタビューが載るころには発売中ですね。加えて、近く初めてのショートショートがどこかに載るかもしれません。あとは先ほども言いましたが、5月に出る綾辻行人さんの『暗闇の囁き』の新装改定版に解説を寄せていて、同じく5月に創元推理文庫から再文庫化する西澤保彦さんの『パズラー 謎と論理のエンタテインメント』にも解説も書かせていただきました。
他にもいろいろ動いてはいるんですけれど。刊行予定としては、来年には新しい長篇を出せればいいなと思っています。短篇集『透明人間は密室に潜む』の「盗聴された殺人」に出てきた、耳のいい探偵と所長のコンビで長篇をやるつもりでいます。あの耳については、実は「盗聴~」の頃から出自などを考えてはいて、短編では反映されていなかったのですが、そのあたりの話をしつつ、また謎解きミステリを仕上げていこうと思います。
(了)