
作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん
大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。
その8「頼りにしたガイドブック」 (8/13)
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- 『ドグラ・マグラ(上) (角川文庫)』
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――サークルでは、その海外ミステリ読みの先輩が師匠的な存在だったのですか。
阿津川:その先輩にはいろいろ教えてもらいました。でも高校生活後半からの影響で、自分で探そうという方向に意識が働いていたので、参考にしたのが、これ、ボロボロなんですけれど...(と、『東西ミステリーベスト100』を見せる)。
――ああ、文藝春秋の。
阿津川:ちょうどセンター試験の時期に出たので、買うだけ買っておいて、東大の国公立二次の試験が終わった後にこれを読みながら、「よし、受験も終わったから1から順に、読んでないやつを読むぞ」と決めて、律儀にチェックをつけながら読んでいったんですよ(と、なかのページを見せる)。
――レ印がつけてありますね。ほとんどふたつ印がついていますが、これは。
阿津川:ああ、下の段のチェックは高校3年から大学1年の頃に入れたもので、上の段は、後にもう1回付け直したんです。高校3年生の頃は松本清張に冷たかったので、松本清張の本には全部チェックが入っていない。でも、その後読んだから上の段には印が入っているという。
ベスト10のなかでいうと、これを買った頃は中井英夫さんの『虚無への供物』はもう読んでいましたけれど、夢野久作さんの『ドグラ・マグラ』と松本清張さんの『点と線』はまだ読んでなかったんですね。それでこの時期に読みました。海外ミステリは本当に抜けていたので、ひたすら読んでいって。
この頃はこうしたガイド本を頼りにしながら虱潰しに読んでいたんですが、はまったのが『本格ミステリ・フラッシュバック』という、東京創元社から出ていた本でした。松本清張さんが登場した1957年から綾辻行人さんが登場する1987年の間って、よく「本格ミステリの冬の時代」と言われるんですけれど、この頃にもいろんな作家が面白いものを書いているよって紹介していく書評集というかガイドブックで、これを読みながら昔の作品を読んでいました。この本のおかげで小泉喜美子さんの『弁護側の証人』が復刊したんじゃないかと思うんですよね。この本が出たのが2008年で、『弁護側の証人』が復刊したのが2009年ですから。磯部立彦さんの『フランス革命殺人事件』というミステリが面白いんですが、それもこの本で知りました。バークリーの『毒入りチョコレート事件』などの翻訳で知られる高橋泰邦さんが自分でも海洋ミステリを書いていたというのもこの本で知りました。他には、海渡英祐さんとか、笹沢左保さんとか。陳舜臣さんも中国の伝記の人だと思っていたのにこんなにミステリを書いていたんだってびっくりして、ガンガン読んでいきました。西村京太郎さんも初期作のめちゃくちゃ面白いものを紹介してくれていましたね。あの頃、大学の友達と古本屋に足繫く通っていたんですけれど、必ずこれを持っていきました。「高橋泰邦、あったぞ」って言って、この本を眺めながら、「これはここに紹介されている」「これは挙がってないけど、でも面白そうだから買うか」と言い合っていました。
――ああ、阿津川さんは今、光文社の「ジャーロ」のサイトで「 ミステリ作家は死ぬ日まで、黄色い部屋の夢を見るか?」という読書日記を連載されていますが、その第10回で高橋泰邦さんを紹介されていましたよね。昔のミステリをよくご存じだなと思っていました。
阿津川:こういうガイドブックは本当にありがたいです。ちなみに、この本も買った時にチェックを入れていったら、2人だけ、ここで挙げられている作品に全部チェックがついた作家がいて、それが泡坂さんと都筑さんでした。今でもこの二人は特別ですね。
――さきほどからお話をうかがっていると、面白くなかった作家や作品も、後からいろいろ再読したり良さに気づかれたりして、いい読書をされているなあと思って。
阿津川:ああ、鮎川哲也も中高生の頃に『りら荘事件』などを読んだんですが、『黒いトランク』はよく分からなかったんですよ。P・D・ジェイムズのコーデリア・グレイものとかも、最初は良さが分からなかった。大学の頃にちょっと入院したことがあって、とにかくゆっくり読める本をと思って、鮎川哲也の鬼貫警部ものと、P・D・ジェイムズを持ち込みました。その時に『鍵孔のない扉』と『ペトロフ事件』を読んで、はじめて鮎川哲也の面白さに開眼しました。細かい手がかりとそこからの観察を積み上げる手つきが面白くて、世間的にはB+とかB評価ぐらいのものがやけに肌に馴染んだんです。P・D・ジェイムズもこの時にはじめて良さが分かったんです。ダルグリッシュ警視シリーズの『ナイチンゲールの屍衣』が病院で読むのにうってつけだったし、一番好きな『黒い塔』もダルグリッシュが入院しているシーンから始まるので(笑)。このお二人は、ゆったりできる時に読むのがいいですね。
中高生の時には面白さが分からなかったものはたくさんあります。コリン・デクスターもそうで、高校生の時は分からなかったです。西澤保彦さんが『キドリントンから消えた娘』を読んでいると知って「面白いに違いない」と思って読むんですけれど、高校生の時はド派手ですごいトリックとかを求めがちだから良さが分からなくて、大学に入ってから読み直してよく分かりました。今では『森を抜ける道』『死はわが隣人』『悔恨の日』などの後期作が大好きです。最近では恩田陸さんの『灰の劇場』が震えるくらいに面白かったので、恩田さん特集のムック『白の劇場』を読んで、あれのおかげで恩田陸を頭から読み返したくなっちゃって。中学生の頃に理解できなかった『中庭の出来事』を読み返したら、もうめちゃめちゃ面白くて。中学生の時にはそりゃね、何が起きているか分からなかったな、って。
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- 『鍵孔のない扉 (光文社文庫)』
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- 『森を抜ける道 モース主任警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
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