
作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん
大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。
その4「師匠がいなくなる」 (4/13)
――10代の頃にどんな本との出合いがあるかって大切だと思うんですけれど、阿津川さんはめちゃめちゃ素晴らしい出合いをされていますね。
阿津川:そうですね。あの図書室がなかったら、今の私はありません。
でも、私が高校1年生の時に司書さんが転勤でいなくなってしまって。師匠がいなくなっちゃったので自力で本を探さなきゃいけなくなったんです。だから、高校1年の後半か2年の頃から、学校帰りに神保町の古本屋を巡るようになりました。そこからジョン・ディクスン・カーとかクリスチアナ・ブランドを集める古本マニアの病気が始まりました。
――ジョン・ディクスン・カーにはまったのですか。
阿津川:最初に読んだ『帽子収集狂事件』は合わなかったんです。あれは、「江戸川乱歩が選ぶベスト10」に入っていたから、図書館で読んだんじゃなかったかな。「短篇集だったら大丈夫だろう」と『妖魔の森の家』を手に取って途中まで読んだら、これも面白いけれど、表題作は世間でいうほどの傑作なのかなと、もやっとした気持ちになって。でもせっかく買ったし、と最後まで読んだら、最後の「第三の銃弾」という中篇がとにかく面白かったんですよね。ミステリの筋はシンプルで、密室の中で2人の男がいて、1人が銃弾で撃たれ、もう1人が拳銃を持っていた。どう考えてもそいつが犯人なんですが、銃を調べてみたら撃たれた銃とは違うとなって、どんどん違う事実が明らかになる。ちょうど都筑道夫さんにかぶれていた時期だったんですが、都筑さんが『黄色い部屋はいかに改装されたか?』で謎解き小説の大事な点は「『論理によって作られた謎』を『論理によって解く』ことだ」と強調していたんです。「第三の銃弾」の、新事実が明らかになってどんどん状況が複雑になって謎が増していく作りが、まさに論理によって作られた謎ではないか、と気づきました。そこから、どのカーも楽しく読めるようになりました。
だいたいカーって、長編は全部20章で構成されていて、各章の終わりに必ず意外な事実を提示したがるんですよね。どんなに不自然でも意外な事実を提示してドーンと章を切ってしまう。その話作りの呼吸が分かってくると、大体の作品を愉しめるようになるんですよ。「第三の銃弾」はそれがよく表れている作品だと思います。誰かに勧めるなら、『貴婦人として死す』『爬虫類館の殺人』あたりでしょうか。個人的には、今読みなおすと異世界転生ものとしても読める冒険活劇ミステリの『ビロードの悪魔』なんかも偏愛ですね。
――クリスチアナ・ブランドは。
阿津川:最初に読んだのは『緑は危険』でした。これで最初に痺れたのが、空襲で周りは荒れ果て、戦傷者もどんどん運び込まれている病院で、看護師が平然と「それが当たり前の日常だから」というスタンスで仕事をしているところ。あのクールな乾いた感じがすごく好きでした。『ジェゼベルの死』でもその感じは共通していますし、雰囲気が好きだというのが最初にありました。そこからやはり、あの「お前もうやり過ぎだろう」というくらい密度が濃い謎解きにはまっちゃって。『緑は危険』も解決篇が長いですけれど、ハヤカワのポケミスの『自宅にて急逝』なんかは途中から自白合戦が始まる。関係者たちがそれぞれ思惑を秘めて「自分がやりました」「いや、私がやりました」って言い始め、全員「確かにそれっぽいな」と思わせる。こんな鬼みたいなプロット、よく構築できるなと思って。なおかつ感動したのが、ポケミスも200ページ台だし、『緑は危険』は文庫で300ページしかないのに、なかなか読み終わらないこと。濃密すぎてじっくり読んでしまう。それが楽しいんです。あまりに好きすぎて全部読むのがもったいなくて、年1冊くらいしか読めない時期もありました。もう全部読んでしまったので、未訳の新しいのが出てくれないかな。