
作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん
大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。
その12「好きな国内文芸作品」 (12/13)
――帯の推薦文もお見かけますね。最近では呉勝浩さんの新作『おれたちの歌をうたえ』にもお書きになっていました。
阿津川:去年、文藝春秋さんでお仕事の打ち合わせをした時、編集の方が私がミステリランキングで呉さんの『スワン』をかなり推していたのを憶えていて、「なんであれを挙げたんですか」と訊かれ、その後10分くらい、いかに面白いかを滔々と語ったんですよ。その編集さんが呉さんの担当だということも知らずに(笑)。そしたら、その編集の方が『おれたちの歌をうたえ』のプルーフをスッと出して「担当編集です」って(笑)。びっくりしたけれど発売日前に読ませてもらえるなんて嬉しくて。私はいつも読んで面白かったら頼まれてもないのに担当さんに長文の感想メールを送ってしまうんです。すると「これ、帯に使っていいですか」って言われて「どうぞお好きにしてください」みたいな感じになる。『おれたちの歌をうたえ』もそうですし、彩坂美月さんの『向日葵を手折る』の時も見本をいただいて、「いやー最高でした」みたいな感想をメールで送ったら「コメントに使ってもいいですか」って。頼まれてしているのではなく、頼まれてもいないのに感想を送っているんです。ツイッターで独り言のように感想を書いている時もありますし。
――それにしても、新刊も幅広く読まれていますよね。去年、古川日出男さんの超メガノベル『おおきな森』もお読みになっていて、「もう読んだのか」とびっくりしました。
阿津川:古川日出男さんの『アラビアの夜の種族』と『聖家族』が好きなので、古川さんであの分量の本が来たら無条件で興奮してしまうんですよ。刊行された時に「絶対読むよ、ありがとう」みたいな気持ちで買いました。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が好きなので、そのエピソードが織り込まれた展開にものすごくテンションが上がってしまいました。『百年の孤独』と『銀河鉄道の夜』の列車が重なる瞬間があまりにも美しくて、もう。
――ほかに、最近ミステリ以外でも好きな作家の方はいらっしゃいますか。
阿津川:町田そのこさんのデビュー作の連作集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』を読んだ時に、描写がすごくきれいだなと感じました。ああいう、緩やかな繫がりが流れている連作短編がすごく好きで。だから道尾秀介さんも『光媒の花』が一番好きなんです。道尾さんの他のミステリももちろん好きなんですけれど、なぜ『光媒の花』かというと、緩やかな繫がりが全6篇に流れていて、文章がきれいだから、としかいいようがなくて。で、『光媒の花』が好きな脳が『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』にめちゃめちゃに反応しました。ちょうど文庫化されましたし、超オススメですね。町田さんは東京創元社から出た『うつくしが丘の不幸の家』も面白かったし、長篇の『52ヘルツのクジラたち』でも存分に力を発揮されている印象があって。
あとは奥田亜希子さんの『五つ星をつけてよ』とか、津村記久子さんの『この世にたやすい仕事はない』とか、面白そうだと思うとすぐ手に取っちゃいますし......あとは、今、本棚を眺めながらぱっと目に留まったのは浅田次郎さん。浅田さんは昔から好きで、この前文庫化された『長く高い壁』はすごいミステリだったので嬉しくなりました。『プリズンホテル』とか『鉄道員(ぽっぽや)』もやっぱり好きですし。
ミステリも読むしSFも読むし他も読むし、読者としては雑食なので、自分の本棚を見ているといろんなものがあります、本当に。
――ノワールになりますが、佐藤究さんの『テスカトリポカ』も刊行されてすぐに読まれてましたよね。面白かったですよね。
阿津川:ああ、そうそう。あれはもうめちゃめちゃ面白かった。言い方が悪いですけれど、紹介文を読んでもよく分からなかったじゃないですか。
――ああ、メキシコの麻薬密売人のバルミロがジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会うとか、天涯孤独の少年コシモとか、アステカの神が...ってやつですよね。
阿津川:そのあらすじ説明であの装幀だから、異様に興奮してしまって。佐藤さんの前作の『Ank: a mirroring ape』も好きだったので、発売日を心待ちにして会社帰りに買って、帰り道につい開いたらコシモ少年が出てくるまでをパパパっと読んでしまって、そこからもうノンストップですよ。もう、ずっと面白い、みたいな感じ。
KADOKAWAからすごく分厚くてめちゃめちゃ面白いエンターテインメントが出ると喜んじゃいますね。『テスカトリポカ』を読んでいる間の「めちゃめちゃ面白い」という感覚は、10年前に高野和明さんの『ジェノサイド』を新刊で手に取った時の感覚に近いし、4年前に池上永一さんの『ヒストリア』を開いた瞬間の感覚にも近くて。
――ああ、その3冊ともKADOKAWAから出た本ですね。以前の社名は角川書店ですが。
阿津川:KADOKAWAから500ページ、600ページの本が出るとそれだけで読んでしまう病気にかかっています(笑)。それこそ、『アラビアの夜の種族』も角川書店でしたし。