第228回:阿津川辰海さん

作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん

大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。

その6「学校生活と読書」 (6/13)

  • 文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
  • 『文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)』
    ジャレド・ダイアモンド,倉骨彰
    草思社
    990円(税込)
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  • フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
  • 『フェルマーの最終定理 (新潮文庫)』
    サイモン シン,Singh,Simon,薫, 青木
    新潮社
    869円(税込)
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  • 四色問題 (新潮文庫)
  • 『四色問題 (新潮文庫)』
    ロビン ウィルソン,Wilson,Robin,健一郎, 茂木
    新潮社
    737円(税込)
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  • 名探偵群像 (創元推理文庫)
  • 『名探偵群像 (創元推理文庫)』
    シオドー・マシスン,吉田 誠一
    東京創元社
    1,320円(税込)
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――そういえば阿津川さんは高校時代に一度、小説の新人賞に応募されて最終選考まで残ったんですよね。

阿津川:16歳の時に中篇の賞に応募して最終選考に残りました。選考委員の作家の方に一言コメントをもらったのがめちゃくちゃ嬉しくて。文芸部に入った時は「小説を書いてみたい」という気持ちでしたが、「作家になってみたい」と思ったのは、それがあったからかもしれません。
 応募した小説はミステリというよりサスペンスみたいな感じで、今思うと特殊設定っぽいんですよ。西澤保彦さんを読んでいた影響かなと思うんですが、文章は京極夏彦さんの『数えずの井戸』が大好きだったんで、猿真似していました。本格ミステリでもないし、今書いているものとは全然違いましたね。

――文芸部では、文化祭の時などに冊子を作ったりしていたんですか。

阿津川:文芸誌を3か月か4か月に1回出していたんですよ。ただ、公立だったので、営利活動しては駄目ということで、文化祭も模擬店を出せない学校だったんです。たとえば家庭科部でクッキーを作ってもいいけれど、無料配布でないと駄目だっていう。文芸部でも冊子は作ったんですけれど、全部無料配布でした。階段脇の「ご自由にお取りください」とチラシを置いているスペースに冊子をドンと置いておく感じでした。
 文化祭ではクラスで何かやるにしても模擬店は駄目なので、全クラス演劇をやることになって。私は小説を書いているからって脚本を投げられ、監督までやれって言われ、文芸部では1、2年の時に編集長をやっていたので、文化祭の時期は寝ていなかったです。  その文芸誌ではずっとミステリっぽいものを書いていましたが、読んだ本の影響をすぐ受けるので、乙一さんにはまった時には乙一さんぽくちょっとホラー風味にしてみたり、霞流一さんと門前典之さんが大好きだった時期はもう、馬鹿みたいなトリックを大胆にやろうという感じで、大事故が起きる作品を書いていたりしました。それこそ都筑道夫さんの砂絵シリーズにはまっていた時はにわか知識で書いた捕り物帖を書きました。もう、やりたい放題でした。

――すごい。なんでも書けるってことじゃないですか。

阿津川:「書けて」はなかったです。あはは。文芸部で一応合評会をするんですけれど、完全にタコ殴り状態だったんですよ。部員は男子が私ともう一人しかいなくて、あとは全員女子で、気の強い方が多かったので、まあもう、クソミソにけなされるわけです。「ロマンチストすぎる。お前がこの文章書いているかと思ったら気持ち悪い」みたいなところからきて、「でも、トリックはいいね」みたいな。鍛えられました(笑)。

――ちなみに学校は、文系と理系と分かれていたのですか。

阿津川:高校3年生の時にまず国公立を目指すか私立を目指すかに分かれ、そこからさらに文系理系に分かれるんですが。私が国公立の文系クラスを志望したら「なんで」みたいな話になって。自分で言うのもなんですが、数学の成績がよくて、日本数学オリンピックとかに出た時もあったので、完全に東京大学の「理Ⅲ」を目指すものだと思われていたんです。でも「俺は文系を出て弁護士になって、余生を小説家で過ごすんだ」と言っていてました。結局は余生ではなく、大学のうちに新人賞に送りまくってこうなっていますけれど。
 数学はある程度できたんですけれど、やっぱり数学オリンピックに出たら限界を感じたんです。上には上がいすぎるなと感じて、そっちの道は私には無理だと思いました。高校の頃の重めの挫折です。

――いやいや、数学オリンピックなんて、もうすごいですよ。それとは別に、前にフランス革命の時代が好きだったとうかがったので、世界史が好きだったのかなと思って。

阿津川:確かに世界史も好きでしたし、現代文も好きでした。数学は解けた時が面白いからのめり込んでいたんですよ。でも一番は世界史でした。だから、ミステリ以外で読んでいる本はほとんど数学の本か世界史の本でした。ジャレド・ダイアモンドとか読んでいたのもあの頃だし。

――『銃・病原菌・鉄』とか?

阿津川:そうです。新潮文庫から『フェルマーの最終定理』とか『四色問題』といった、青色の背の数学本も読んでいました。で、歴史に関しては完全に世界史脳で、逆に日本史が頭に入らないんですね。都筑さんの砂絵シリーズとかはあまり歴史に関係ないので楽しく読めましたけれど、日本の時代物はいまだにちょっと苦手意識があります。
 高校の世界史レベルだと、中世くらいまでそんなに人が出てこないじゃないですか。個人名はそんなに出てこなくて、国とか領土とかの対局的な話が延々続く。近世くらいになると人がばっと増え始めてドラマが始まるイメージがあります。それでフランス革命の頃が好きなんですね。雑な言い方をすると、高校日本史は登場人物が多すぎるんですけれど、高校世界史レベルだと、ちょうどいい登場人物の数で壮大な話を読んでいる気持ちになるんです。その頃は読んでいるのも海外ミステリばかりだったから、そこに直結するところも大きくて。
 創元推理文庫から出ているシオドー・マシスンの『名探偵群像』という、歴史上の偉人だったら生涯に一度は大事件に遭遇して謎を解いているはずだという設定の短篇集があるんです。アレクサンダー大王とか、レオナルド・ダ・ヴィンチとか、ナイチンゲールが出てきて謎を解く。あれが面白かったですね。あとは柳広司さんの初期の作品。シュリーマンを描いた『黄金の灰』とか、ダーウィンが出てくる『はじまりの島』とか、『饗宴 ソクラテス最後の事件』とか。あのへんが大好きで、あのあたりの歴史は説明されなくても分かる、みたいな。それらを読んでいるだけでも楽しいけれど、世界史の授業では図説やビデオを見せてもらえるのでビジュアル面でも補完できて、2倍、3倍楽しくて。だから、授業が現代史になると「なにが面白いんだ」となったんですが、ジョン・ル・カレを読んで「ああ、これが現代史をやる意味か」って思って。

――ふふふ。東西冷戦時代のスパイものだから。

阿津川:ル・カレを読むには国際情勢がある程度頭に入っていないと難しいな、と気づいたんです。勉強しながら読んでいる本に繋げるのがすごく好きだったんです。意図的に繋げているところもあって、別の例で現代文なら、また柳広司さんなのですが、中島敦の「山月記」をもとにした『虎と月』という長編があって、ちょうど現代文の教科書に載っていたから併読したりもしていました。美術の授業でキュビズムの画像を見た時は「ああ、これが『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』と思ったり。その相乗効果で楽しかったんじゃないかと思うんですよね。

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