第228回:阿津川辰海さん

作家の読書道 第228回:阿津川辰海さん

大学在学中に『名探偵は嘘をつかない』でデビュー、緻密な構成、大胆なトリックのミステリで注目を浴びる阿津川辰海さん。さまざまな読み口で読者を楽しませ、孤立した館で連続殺人事件に高校生が挑む新作『蒼海館の殺人』も話題。そんな阿津川さん、実は筋金入りの読書家。その怒涛の読書生活の一部をリモートインタビューで教えていただきました。

その5「現代英国ミステリが好き」 (5/13)

  • 赤毛のレドメイン家【新訳版】 (創元推理文庫)
  • 『赤毛のレドメイン家【新訳版】 (創元推理文庫)』
    イーデン・フィルポッツ,武藤 崇恵
    東京創元社
    1,320円(税込)
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  • 偽のデュー警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫 91-1)
  • 『偽のデュー警部 (ハヤカワ・ミステリ文庫 91-1)』
    ピーター・ラヴゼイ,中村 保男
    早川書房
    2,178円(税込)
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  • 水時計 (創元推理文庫)
  • 『水時計 (創元推理文庫)』
    ジム・ケリー,玉木 亨
    東京創元社
    3,445円(税込)
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――司書さんがいなくなってから、情報はどんなふうに集めていたのですか。

阿津川:ネットの知識に頼り始めたのもこの頃です。よく頼っていたのは、「黄金の羊毛亭」さんという、結構長く続いているミステリの書評サイトです。なぜ一番使っていたかというと、ジョン・ディクスン・カーの感想が全作書いてあるんですよ。新本格や古典の感想も充実していて。普通の感想とネタバレページに飛んで読める感想があって、ネタバレありだと、どこに伏線があって、なんていうのも細かく書いてあるんですよね。ネタバレ感想でも他の作品の内容に触れるところは文字反転にしてあって、ネタバレを避けられたので、使いやすかった。
 そうしたネットに頼り、あるいは先述した有栖川さんや法月さんの評論本に頼り。後は「『山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー』に載っていたジェイムズ・パウエルの「道化の町」が面白かったけれど同じタイトルで短篇集が出ているらしい、よし買おう」とか、「法月綸太郎さんが編纂しているから絶対ロバート・トゥーイの『物しか書けなかった物書き』は面白いに違いない」とか、そういう探り方をしていました。
 足がかりがないから、先述したとおり、「江戸川乱歩が選んだ海外ミステリベスト10」みたいなものも参考にしました。『赤毛のレドメイン家』が1位のランキングです。そうしたことをやって、高校2年生までは古典ばかり読んでいて、この頃にエラリイ・クイーンにもはまりました。
 1年の頃だったか2年の頃か、文芸部の顧問の先生に、「家の整理をしてこれ余ったからあげる」と言われて、恩田陸さんの『きのうの世界』とピーター・ラヴゼイの『偽のデュー警部』をもらったんですよ。『偽のデュー警部』は「ハヤカワ文庫の100冊」の帯がついていました。「面白いんですか」と訊いたら「めちゃめちゃ面白いよ」って。その頃、イギリスの現代寄りのミステリは全然読んでいなかったんですね。「ふうーん」と思っていたら翌日にはひっくり返って「なんだこれ、めちゃめちゃ面白いじゃないか」となって。「現代のイギリスの作家は面白いに違いない」となり、その時に、図書室にあったジム・ケリーの『水時計』を読み、D・M・ディヴァインの作品も創元推理文庫からたくさん出ていたので買って読んで、英国ミステリばかり読む時期が始まりました。

――ピーター・ラヴゼイは何が好きですか。

阿津川:『偽のデュー警部』はやっぱり好きですね。当時の、現代のイギリスミステリを読んでいなかった私にとっては新鮮だったし、船の上の話が好きだということもあってはまったんですが。
 今、人によく薦めているのは『煙草屋の密室』という第一短篇集ですね。ラヴゼイは長編のストーリーテリングとプロットが抜群に面白いんですけれど、短篇のアイデアストーリーも面白くて。他にも『ミス・オイスター・ブラウンの犯罪』、『服用量に注意のこと』という短篇集が出ていますが、やっぱり『煙草屋の密室』は表題作がパズラーとして面白いし、ホラーっぽいものもあれば日常の謎っぽいものもあるし。一番好きなのは「パパに話したの?」って短編で、郵便ごっこが好きな子供の話です。手紙を勝手に近所の人のポストに入れちゃう遊びをしている、という可愛らしい始まり方をするんですけれど、次の瞬間に戦慄が走るんですよ。パパからもらったラブレターが見つからない、もしかしたら、あの子が持っていったのかもしれない......という話。で、なんとか取り返そうとするんですね。オチまで最高の一篇です。他にも「肉屋」「ゴーマン二等兵の運」「ベリー・ダンス」など傑作・良作が目白押し。まず『煙草屋の密室』を読んで、多才な人なんだと分かった上で、『偽のデュー警部』なり『苦い林檎酒』なり『マダム・タッソーがお待ちかね』あたりを読むとなお楽しめると思います。

――現代のイギリスミステリでは他に何が好きでしたか。

阿津川:その頃一番好きだったのは文春文庫から出ていたジェームズ・アンダースンの『血のついたエッグ・コージィ』。1970年代に書かれているので、イギリス新本格派くらいの作品ですが、内容はクリスティーに近くてオールドスタイルのカントリーハウスに人が集まって殺人が起きます、というオーソドックスな内容です。でも登場人物全員が魅力的なんですね。それもクリスティーっぽいんですけれど。「何かしら思惑が動いているぞ」というところからゴンゴン入っていって、一番興奮したのは、解決篇が100ページくらいあるところ。「実はこの人ここでこんなことしていました」「ここでこの人とはあの人とすれ違っていました」みたいなことを延々やりはじめるんですけれど、一切混乱しないでぐいぐい読めるんです。もう本当に伏線の塊みたいな本で、「いや、これは面白い」となって。実は私の『紅蓮館の殺人』とか『蒼海館の殺人』は、クリスティの『ナイルに死す』とこの『血のついたエッグ・コージィ』をやりたくてあんな構成になっています。

――ああ、一人ずつに話を聞いてから謎解きしていく終盤の展開、パズルのピースがカチカチとはまっていく快感はすごかったです。

阿津川:そんなわけで、図書館司書という師匠を失ってからは、三津田さんや道尾さん、東川さん、石持さんといった新刊は継続して読みつつ、海外ミステリばかり読んでいる時期でした。大体この頃に今の自分にほとんど近づいた気がします。

  • 蒼海館の殺人 (講談社タイガ)
  • 『蒼海館の殺人 (講談社タイガ)』
    阿津川 辰海
    講談社
    1,210円(税込)
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  • ナイルに死す〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 15)
  • 『ナイルに死す〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 15)』
    アガサ・クリスティー,黒原 敏行
    早川書房
    1,386円(税込)
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