
作家の読書道 第246回:結城真一郎さん
2018年に第5回新潮ミステリー大賞を受賞した『名もなき星の哀歌』でデビュー、今年は第4作となる短篇集『#真相をお話しします』が大評判となっている結城真一郎さん。中学校の卒業文集執筆の際に影響を与えたベストセラー、新人賞の投稿へと火をつけたあの作家…。読書遍歴と作家への道、今の時代のミステリーについての思いなどたっぷりうかがいました。
その5「意識的にミステリーを読む」 (5/9)
――高校卒業後は東京大学の法学部に進学されていますが、ではその進学先はどのように選んだのですか。
結城:これ、各所で訊かれて、いつも良い回答に聞こえない気がしてならないんですけれど...。周りに流されるようにして、というのが大きいですね。どうしても東大志望という同級生が半分近くですし、そのなかで自分があえてそこから外れるだけの確たる信念があったわけでもないので、もうそこに乗っかるしかないというのが、いちばんの志望動機でした。
あとちょっと思っていたのは、先々小説家として世に出ることを考えて、面白そうなところに行っておこう、というか。横の繫がりや先輩との繫がりがあれば、先々小説のために取材したくなった時にいい人脈も得られそうだ、という気持ちもゼロではなかったです。そういう意味でも、東大に進むことが小説家志望としてマイナスに作用する面はないなと思ったので、流れに乗ったという形です。
文系にしたのも、そのほうがなんとなく興味が持てたというのと、小説家になるんだったら文系のほうがいいかなという、それくらいのノリでした。
――大学進学後は、どのような日々が始まったのでしょう。
結城:本当に、飲み会にアルバイトに旅行に明け暮れる、典型的な駄目大学生でした。
――アルバイトはどんなことをされたのですか。
結城:『#真相をお話しします』の第一話「惨者面談」にあるような、家庭教師斡旋の営業マンのアルバイトをしていました。
――ご自身で教えられると思うんですが、斡旋する側だったんですね。
結城:「惨者面談」の主人公と経緯もほぼ同じで、最初は家庭教師として登録していたんですけれど、営業的なスタッフも募集していると知り、そっちが面白そうだと思い応募しました。家庭教師だと、やっぱりひとつの家庭にどっぷり浸かっちゃうんですけれど、営業マンだとそれこそ年間100件とか、いろんな暮らしぶり、いろんな事情の家庭を知ることができるので、すごく刺激になりました。そういう意味で飽きがこなかったし、給料が歩合制で、やり方次第でどこまでも伸びるところも魅力を感じました。結局それを4年やりました。
――サークルは何かされていたのですか。
結城:一応、広告研究会に籍はおいていたんですが、ほぼなにもやっていない幽霊部員でした。そこに在籍しているメンバーとは仲が良くて、男2人で九州巡りに行ったり、東北を回ったりしていました。
――読書生活はいかがでしたか。
結城:時間ができたということと、高校時代よりも将来の解像度が上がってきたというか、距離感が近くなってきたので、そろそろ小説家として世に出るために読んでおくべき古典を押さえておかないといけないと考えて読み始めました。だいぶ遅ればせですけれど。
――どのあたりをお読みになったのですか。
結城:大学1年生の時に綾辻行人さんの『十角館の殺人』を読み、当時まだミステリー的な素地がまったくなかったので、みなさんが驚かれるあの一文の意味が分からず、むしろ「あれ、これ誤植なのかな」という、人とは違う驚き方をしてしまったという...。ちょうど文庫になったタイミングだった米澤穂信さんの『インシテミル』とか、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』も面白かったですね。そのあたりは学校の生協にドーンと平積みになっていました。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』とか『アクロイド殺し』あたりも押さえておかなきゃいけないと思って読みました。
――ミステリー作家になろう、というという気持ちがもうあったわけですね。
結城:はい、ミステリーでいこうと思っていました。作家としてデビューするためには新人賞で賞を獲る人が多いので、自分もまず賞に応募しようと考えると、賞っていろんなカテゴリがあるじゃないですか。そのなかで自分がいちばん惹かれるのがミステリーでしたし、中高時代の読書遍歴を振り返ってみてもいちばんワクワクして読んだのはミステリーと呼ばれるジャンルだなと思って。それで遅ればせながら未着手のミステリーに手を伸ばし始めたんです。
他にも、貴志祐介さんの『悪の教典』や『新世界より』、道尾秀介さんの『向日葵の咲かない夏』や『カラスの親指』、引き続き伊坂幸太郎さんのまだ読んでいなかった作品などを読んでいました。
SFも読みました。ジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐもの』や、伊藤計劃さん『虐殺器官』といったあたりもハマりましたし、フランク・シェッツィングの『深海のYrr(イール)』も当時かなりのめり込んで読みました。これらはミステリーの文脈に関係なく、面白そうだなと思って手に取った本でした。
――ミステリーの場合、自分も書こうと思いながら読むと、また違った読み方だったりするんでしょうか。
結城:あのレベルの先生たちの小説を読んでいる時はそれはあまり意識しなかったですね。ミステリーのある種の作法ってこうかなと学んだり、ここでこういうふうにミスリードしているから最後にこんなふうに驚かせるんだ、みたいな要素分解的な勉強はしましたけれど、明確に読み方が変わったかは微妙ですね。
むしろ、新人賞でデビューした方の小説を読む時のほうが、「そうかこのレベルに達しなきゃいけないのか」という意味で、今までとは読み方が変わりました。
――ああ、ミステリーの新人賞の受賞作も読んでいたんですね。
結城:当時から狙おうと思っていたのが新潮ミステリー大賞で、第一回受賞者の彩藤アザミさんの『サナキの森』も出た直後に買って読んだのを覆えています。
――なぜ新潮ミステリー大賞を狙おうと思ったのですか。
結城:選考委員の顔ぶれですね。当時は伊坂幸太郎さん、貴志祐介さん、道尾秀介さんだったので。全員好きな作家さんだったし、その方たちに読んでいただきたいなと思って。
でも大学生時代の前半は何も書いていなかったです。