第246回:結城真一郎さん

作家の読書道 第246回:結城真一郎さん

2018年に第5回新潮ミステリー大賞を受賞した『名もなき星の哀歌』でデビュー、今年は第4作となる短篇集『#真相をお話しします』が大評判となっている結城真一郎さん。中学校の卒業文集執筆の際に影響を与えたベストセラー、新人賞の投稿へと火をつけたあの作家…。読書遍歴と作家への道、今の時代のミステリーについての思いなどたっぷりうかがいました。

その8「新人作家としての戦略」 (8/9)

  • プロジェクト・インソムニア
  • 『プロジェクト・インソムニア』
    結城 真一郎
    新潮社
    1,815円(税込)
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  • 樽【新訳版】 (創元推理文庫)
  • 『樽【新訳版】 (創元推理文庫)』
    F・W・クロフツ,霜島 義明
    東京創元社
    1,034円(税込)
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  • 【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
  • 『【2021年・第19回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞受賞作】元彼の遺言状 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)』
    新川 帆立
    宝島社
    750円(税込)
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――デビュー前は原稿がしばらく塩漬けになっていた時期があったのに、デビュー後は『プロジェクト・インソムニア』、『救国ゲーム』、そして『#真相をお話しします』と、次々と作品を発表されていますよね。

結城:それはやっぱり、危機感があるので。デビューできればOKという思いで応募してなかったですし、自分が最終的に目指したいのは東野圭吾さん、伊坂幸太郎さん、宮部みゆきさんラインだとデビュー前から思っていたので。それはもう、果てしない道のりなんですけれど、デビューしたばかりでコケてる場合じゃないな、と。その時その時の自分の最高傑作を、少なくとも年に1冊単行本として生み出せるくらいじゃないといけないと思っていました。だから本当に、睡眠時間がめちゃくちゃになって血反吐吐きながら書いていました。

――『プロジェクト・インソムニア』は実験で複数の人間が共有している夢の中で殺人事件が起きる。『救国ゲーム』は、"奇跡"の限界集落で起きた殺人の背後に、テロリストの陰謀があり、ドローンの無差別攻撃のタイムリミットが迫る、という展開です。どちらも設定からして大きいですが、以前からアイデアがあったのですか。

結城:いえ、その前の話を書き終えてから考えたものです。当時は同時並行でいくつも考えられる脳になっていなかったんです。

――仕事から帰宅後に夜書くタイプですか、早起きして仕事に朝書くタイプですか。

結城:完全に前者ですね。夜中の2時3時くらいまで書いたりします。コロナ前は、休日はカフェに10時間くらいこもっていました。たぶん、そのカフェで僕に渾名ついていると思います(笑)。
 コロナ禍になって自宅で書くように切り替わった時は、最初まったく書けなかったんです。今はだいぶチューニングが合ってきて、あまり苦労はなくなりました。ただ、仕事もリモートワークだったりして外に出なくなったので、積極的に動くようにしています。そうでないとアイデアが出ないんです。平日は夕方か夜に話を練るために散歩をして、下手したら2、3時間歩いています。休日も、日中は映画を観に行って夕方から書き始めたりしています。

――アイデアノートは作っていますか。

結城:遅ればせながら作り始めました。デビューした直後はちょっとイキってる部分があて、アイデアを思いついても記憶に定着しないものはそれまでだ、みたいな感じで書き留めなかったんです。最近は、幸いにもちょっと依頼もたくさんいただく感じになってきて、記憶に残っているものだけだと数が足りなくなり、書き留めるよう心掛けるようになりました(笑)。

――ミステリーの研究のために、ミステリーガイドとか解説書みたいなものは読みましたか。

結城:読んでいないですね。それよりも、その時々に話題になっている本、知っている人を読んでいました。なので、いわゆるミステリー畑で読み明かしてきて、どんなトリックも先例が分かって、「これはあの本のあれのオマージュだ」みたいなことに気づくタイプではまったくないので、そこは若干コンプレックスという。なんとかこれから追い上げなきゃと思いつつ、追い上げるよりも世に出てくる本のほうが多いので、ちょっと無理かなと思ったりしています。

――トリックを思いついても、先行作品で似たものが使われていないか気になりませんか。

結城:まさに3作目の長篇の『救国ゲーム』で、ミステリ評論家の千街晶之さんに、「クロフツの『樽』を現代版にした感じだ」という評をいただいたんです。『樽』の名前は知っていたんですがその時点で読んでいなかったので、急いで購入して読み、「なるほど」と納得しました。ただ、『救国ゲーム』はドローンを出したんですが、それは先例と若干似ている部分があったとしても、過去には書けなかったものだという確信があったからなんです。なので、その時に、そこは自分の活路かなと思いました。
 つまり、先例を知らずに踏み込んでも、核心の地雷を踏み抜かずに行くには、この時代ならではのもの、今の時代だからこそ書ける要素を取り込むことだと思ったんです。それがミステリー畑を読んできていない人間の突破口だと信じています。

――それが『#真相をお話しします』に繋がっていくわけですねYouTubeやマッチングアプリ、リモート飲み会など、どの短編にも現代的なツールが使われている。短篇集ということもありますが、前3作とまた違うテイストですね。

結城:デビューしてからの3作については、より多くの人に読んでもらうというよりは、ミステリーを好んで読んでいる人たちに名前を憶えてもらうということをいちばんの目的に据えました。
 やっぱり新川帆立さんの『元彼の遺言状』のように、一撃で爆発するものを生み出すのは相当きついので、自分の場合はデビューしてから3冊くらいで足場固めというか、ミステリー界隈にいる人たちから名前を憶えてもらうことに特化しようと決めていたんです。
 その3冊を出す間にたまたま短篇の「#拡散希望」で推理作家協会賞をいただいて、なおかつ『救国ゲーム』が本格ミステリ大賞にノミネートされたので、ある程度はやれたかなという手応えがありました。もともと4作目からはミステリー好き以外の人にも届くものをと考えていましたが、「#拡散希望」が推協賞を獲ったことで急ピッチで短篇集にまとめる流れになり、自分としては狙い通りでした。

――確かに、『#真相をお話しします』に出てくるツールは、古典作品には使われていないだけでなく、ミステリーに馴染みがない人にも興味を持ってもらえそうなものばかりですね。

結城:周囲にミステリー小説を書いているというと、「絶海の孤島で嵐に遭うんだね」とか「時刻表とにらめっこしてるんだろう」とか言われるんです。それ自体間違ってないし、そういう作品も僕は好きなんですけれど、そう思ってミステリーに手を伸ばさない人がいるとしたら純粋にもったいないなと思うんです。そういう人たちにとってミステリーの最初の1冊になりうる本ができたらいいなという思いがありました。

――その通り、大ヒットしてますね。

結城:今って動画を早送りで観る人がいたり、最初に観たコンテンツが面白くないとすぐ次のコンテンツに移ったりして、ひとつのものにじっくり腰を据えてどっぷり浸かることに慣れていない人も多々いる。そういう人たちを極力この本の世界に引き留め続けるためには、短篇という建付けで、キャッチ―な題材で、随所に隠しもせずあからさまな伏線を張って、とにかく何かがおかしいと常に思わせ続けるようにしました。コスパよく驚きを得られるものとして、時代にマッチしてたかなとは思います。

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