第264回: 増田俊也さん

作家の読書道 第264回: 増田俊也さん

2006年に『シャトゥーン ヒグマの森』で『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞してデビュー、2012年に『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で大宅壮一ノンフィクション大賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞、また北海道大学柔道部を舞台にした自伝的小説『七帝柔道記』とその続編『七帝柔道記Ⅱ』が人気を博している増田俊也さん。幼い頃から知識欲旺盛な本の虫だった増田さんが、その時々で影響を受けてきた本とは?

その4「ルポルタージュの魅力を知る」 (4/10)

  • 北の海(上) (新潮文庫)
  • 『北の海(上) (新潮文庫)』
    靖, 井上
    新潮社
    737円(税込)
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  • カナダ・エスキモー (講談社文庫)
  • 『カナダ・エスキモー (講談社文庫)』
    本多勝一
    講談社
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  • ニューギニア高地人 (講談社文庫)
  • 『ニューギニア高地人 (講談社文庫)』
    本多勝一
    講談社
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  • 【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)
  • 『【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)』
    本多 勝一
    朝日新聞出版
    660円(税込)
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  • 敗れざる者たち (文春文庫 さ 2-21)
  • 『敗れざる者たち (文春文庫 さ 2-21)』
    沢木 耕太郎
    文藝春秋
    770円(税込)
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――そこから二年かけて北海道大学に進学されるわけですが、受験生時代も本は読んでいたんですか。

増田:僕の高校は図書室がデカかったんですよ。全国の高校で蔵書数が一番多かった。小説だけじゃなくて漫画もだいたい全部置いてあって、よく授業さぼって床に座り込んで読んでた。本屋の立ち読みより高校の図書室のほうが漫画がたくさんあるっていう学校は珍しかったんじゃないかな。
1回目の受験で北大に照準を絞ってからいろいろ調べて北大のヒグマ研究グループの『エゾヒグマ―その生活をさぐる』という、クマ研がはじめて出した本を、これは家の近所の本屋で取り寄せました。『北の海』と同じくらい何回も読みました。ヒグマの生態を研究している任意団体の学生たちが書いているんですが「教養部4年」みたいな人もいて。教養部は2年で終えるはずなのに。それで「ああ、北大ってこんなに留年していいんだ」と思いました(笑)。

――クマ研の本は、どうやって存在を知ったのですか。

増田:本多勝一さんのエッセイで知ったんだと思う。本多さんは、実家が薬局をやっていて、薬剤師の資格とったら好きなことやっていいといわれたので千葉大の薬学部を出て、それから京大の農林生物学に行き、朝日新聞社に入って多くのルポルタージュを出した人ですよね。初期の自然科学系の作品には素晴らしいものが多い。本多さんの『きたぐにの動物たち』は北大入学前から何回読んだかわかりません。非常にすぐれた動物生態学の本です。ああいった分野が商業書籍になるというのは、動物研究者たちにとっても励みになったはずです。
本多さんの本は他にも高校時代に『カナダ・エスキモー』や『ニューギニア高地人』などを読みました。今はすっかり表に出てこなくなってしまった本多さんですが、僕は彼がやったことは文筆史に残ることも少なくないと思います。『日本語の作文技術』というたいへんな名著も残している。文章を書く人で、あの本の影響を受けていない人なんていないでしょ。それくらい画期的だった。特に、「、」と「。」の打ち方と修飾の順序。僕はこの本を浪人時代に読みました。
僕がいちばん本を読んだのは浪人生の頃です。なにしろ受験勉強さえしなければ時間が有り余ってる(笑)。2浪するまではまったく勉強しなかったから1浪のときはまるまる自由に使えた。ノンフィクションでは沢木耕太郎さんの『敗れざる者たち』とかで愕然とした。若いのにこんなのが書けるなんてその才能のきらめきみたいなのに驚いた。僕には絶対に書けないと思った。『深夜特急』を読んだのは大学生になってからで、僕が1年の時に最初の単行本が出たんだったかな。

――ノンフィクションでは他には。

増田:他に、浪人生の頃に読んだのは駿台予備校の伊藤和夫先生の『英文解釈教室』ですね。参考書を浪人生が読むのは当たり前ですが、でもこれは参考書の域を超えた名著です。僕がいちばん影響を受けたのはこれかもしれない。構文から読み解いていく精読法ですね。日本語でもこれができるようになった。2浪目の時は宅浪して、この『英文解釈教室』とZ会をやった。それで英語が飛躍的に伸びた。付随して国語まで伸びた。これは1浪で先に名大医学部に入った親友に「これをやれば英語は簡単だから」と言われて渡されたの。『英文解釈教室』とZ会の旬報をどっさりと。たしかにやれば簡単だろうけど、やるのが簡単じゃなかった(笑)。でも、とにかく難解であっても必死に読んだのは、その友人がそれ渡すとき「もしまた落ちたら縁切るから」とまで言った。「たかが受験勉強を突破できないのか」とか「そんな情けないやつと付き合えない」ってそこまで言った。いま思うとあれはありがたかった。励まそうとかじゃなくて本気で言ってたからね。『北の海』のなかにも「四高に受からないようでは柔道をやってもだめだ」と主人公が言われるシーンがあるんです。まさにそういうことですよ。やるべきことはやれと。
僕の中で『日本語の作文技術』と『英文解釈教室』はセットになっていますね。それとZ会は全部記述式で長文を書かせるから、美しい日本語になるように何度も書き直したり推敲したことは今に生きています。やっぱり、まず論理的に相手に伝わるように書くっていうことが大切だと学びました。論理的に書いてはじめて感性ってものが生きてくる。
『日本語の作文技術』も『英文解釈教室』も、基礎を吹っ飛ばしてレベルの高い応用をやっている。やっぱり基礎の文法とかをずっとやっていると嫌になるでしょう。それよりもまずは一番上の一番高いレベルの応用をやってみるのがいいのかなって思う。

――いろんなルポやノンフィクションを読んで、自分でも何かルポを書く人間になりたいという気持ちは芽生えませんでしたか。

増田:もちろん思っていましたね。だけど、柔道がやりたかったから。北大のヒグマ研究グループにも入りたかったんですけれど、結局、柔道が忙しくて入れませんでした。忙しいというか苦しいというか、もうほんとに(笑)。
ただ、2浪っていうのがスポーツに与える影響はやっぱ大きいですね。瞬発力が落ちちゃってて、投技なんかは切れがなくなって引退まで戻らなかった。心肺機能や筋力は1年半くらいかけて少しずつ戻ってくるんですけれど、スピードは最後まで戻らなかった。まあ、七帝柔道は寝技中心だからそこはいいんですけれど。

  • 深夜特急1 ー 香港・マカオ〈文字拡大増補新版〉 (新潮文庫)
  • 『深夜特急1 ー 香港・マカオ〈文字拡大増補新版〉 (新潮文庫)』
    沢木 耕太郎
    新潮社
    605円(税込)
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  • 英文解釈教室〈新装版〉
  • 『英文解釈教室〈新装版〉』
    伊藤 和夫
    研究社
    1,654円(税込)
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