『光車よ、まわれ!』天沢退二郎
●今回の書評担当者●文教堂書店青戸店 青柳将人
夏休みに読書感想文の選書に悩まされる子供は多いのではないだろうか。手っ取り早く学校から指定された課題図書を選ぶのも良いが、せっかくなのだから自分で読みたいと思えるような作品と出会う機会を作って欲しい。
もしも私がもう一度小中学生の頃に戻って読書感想文を書けるのならば、間違いなく本書『光車よ、まわれ!』を選ぶだろう。
本書との出会いは、小学3年生の頃まで遡る。
当時の担任の先生は、授業が終わると終限のチャイムが鳴るまでの時間に、本を読み聞かせてくれるのが決まりだった。
読み聞かせの作品の選書が筒井康隆や星新一等、今にして思えばかなりSF色の強い作品が多く、意図的なものなのか、それとも個人的な嗜好だったのかは今では知る由もないが、早く授業が終わったのなら飛び回って遊びたいと、持て余した体力を発散させたくてウズウズさせているクラスメイトが大多数だった中、密かに私はこの読み聞かせの時間がとても大好きだった。筒井康隆の『時をかける少女』はこの読み聞かせではじめて知った作品だし、星新一のSF世界には、藤子・F・不二雄の描く「すこしふしぎ」な作品達と共通するものを感じ、幼いながらに必死で想像力を働かせたものだ。
そんな一年間の読み聞かせの中で、最も興味をそそられ、壮大な物語を紡ぎ出してくれていた作品が本書だった。
私と同世代の人達にはとても共感してもらえると思うが、当時、ファミコンがスーパーファミコンに進化したのと同時に、小学3年生の私達も単純明快なアクションゲームからロールプレイングゲームを好んでプレイするようになっていった。特にドラゴンクエスト(以後ドラクエ)とファイナルファンタジー(以後FF)には男女関係なく誰もが夢中になり、毎日のように教室で攻略法を語り合ったものだ。
こうしてゲーム等からファンタジーの世界に夢中になった時期と同じくして読み聞かせられた本書は、町に蔓延りはじめた奇怪な事件を解決するために、小学生達が「光車」と呼ばれるアイテムを集めるために奔走するジュブナイルファンタジーだ。
そして「黒い大男」や「緑衣隊」といった不気味な姿をしたキャラクターはエンデの「モモ」に登場する「灰色の男たち」を彷彿とさせ、「光車」を集めて世界を救うという展開は、まさに私達が夢中になってプレイしていたドラクエやFFの世界観そのものだった。
更に主人公が同世代の小学生なのだから、自身を自己投影させるには容易く、一郎をはじめとする主人公達の冒険の続きが楽しみすぎて、毎日のように読み聞かせの時間を待ち望んでいた結果、授業の内容が頭に入ってこない事もしばしばだった気がする。
普段見慣れた町の姿が一変して真新しく感じてしまう位に身近でいて且つ壮大な物語を、これからはじめて読むという読者が本当に羨ましいし、そして本書がこれからも全く色褪せる事なく、少年少女達を好奇心で満たしてくれるような作品として、末永く読み継がれて欲しい。
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- 文教堂書店青戸店 青柳将人
- 1983年千葉県生まれ。高校時代は地元の美学校、専門予備校でデッサン、デザインを勉強していたが、途中で映画、実験映像の世界に魅力を感じて、高校卒業後は映画学校を経て映像研究所へと進む。その後、文教堂書店に入社し、王子台店、ユーカリが丘店を経て現在青戸店にて文芸、文庫、新書、人文書、理工書、コミック等のジャンルを担当している。専門学校時代は服飾学校やミュージシャン志望の友人達と映画や映像を制作してばかりいたので、この業界に入る前は音楽や映画、絵、服飾の事で頭の中がいっぱいでした。