『童の神』今村翔吾

●今回の書評担当者●勝木書店本店 樋口麻衣

 自分のプロフィールの欄に、「歴史・時代小説はちょっと苦手」と書いていますが、今回ご紹介するのは歴史エンタテインメント小説です。当店で開催したイベントに、作者の今村翔吾さんが参加してくださり、まるで小説から飛び出してきたかのような魅力的な人柄に惹かれて、今村さんの作品を読んでみました。どの作品もおもしろくて、本当は全部ご紹介したいくらいなのですが、今回は、『童の神』(角川春樹事務所)をご紹介いたします。

 まず、みなさんは、タイトルの「童」という文字を見て、どういうイメージが浮かびますか?「童話」や「童謡」という言葉に使われる漢字なので、かわいくてほのぼのしている純粋な子どもの笑顔が浮かぶ人も多いと思います。

 しかし、この物語の舞台となる平安時代、朝廷に属さない先住の人々は「童(わらわ)」と呼ばれていました。彼らは、鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥......などの恐ろしげな名前で呼ばれ、京人から蔑まれ、虐げられていました。本書の主人公となる桜暁丸(おうぎまる)は、安倍晴明が「有史以来最悪の凶事」とした、皆既日食の日に越後で生まれました。

 凶事の日に生まれたこと、そして身体の大きさや目や髪の色が他の多くの者とは違っていたことなどから、陰で禍の子と呼ばれるようになります。父と故郷を京人に奪われ、復讐を誓っていた桜暁丸は、様々な出会いを経て、童の仲間たちと共に朝廷軍に戦いを挑みます。

 童たちが、蔑みの言葉であった「童(わらわ)」を「純なる者」ととらえ、どんな人であろうと共に手をとりあって生きる世の中をつくるために、命をかけて生き抜いた姿を描く物語です。

 戦いのシーンは臨場感あふれ、惚れ惚れするほどカッコいいのですが、そこには別れもあり、哀しく、でも愛があり、熱いです。父母を想い、妻を想い、子を想い、仲間を想う。そうやって生きる人の気持ちの美しさに違いはない。生きようとする人の美しさ、そして強さが熱く熱く描かれています。

 そして登場人物たちもみな魅力的です。男たちはもちろんなのですが、特に女性たちの姿に注目です。皐月、葉月、穂鳥といった女性たちの凛とした強さがカッコよく、時折見せるやわらかくてかわいい姿にキュンとします。

 物語の中で童たちは確かに生きていて、そして千年後の今を生きる私たちに大きな大きなメッセージを伝えてくれています。すごい小説を読むと時々、読みながら自分の心臓がドクンドクンといっている音が聞こえるような感覚になることがあるのですが、この作品もずっとそんな感覚で読みました。空白の部分も多い平安時代の歴史について、史実と今村さんのメッセージを持った小説が結びつくことで、小説にはこんなこともできるのだと、改めて小説の持つ力を感じました。

 過去も現在も未来も確かにつながっている。私たちは童たちからどんなメッセージを受け取り、未来へどんなメッセージを残せるのか。読む人の心を大きく揺さぶる作品だと思います。どうぞこの小説の力を感じてみてください。

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勝木書店本店 樋口麻衣
勝木書店本店 樋口麻衣
1982年生まれ。文庫・文芸書担当。本を売ることが難しくて、楽しくて、夢中になっているうちに、気がつけばこの歳になっていました。わりと何でも読みますが、歴史・時代小説はちょっと苦手。趣味は散歩。特技は想像を膨らませること。おとなしいですが、本のことになるとよく喋ります。福井に来られる機会がありましたら、お店を見に来ていただけると嬉しいです。