『Zの悲劇』エラリー・クイーン

●今回の書評担当者●さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜

  • Zの悲劇 (創元推理文庫)
  • 『Zの悲劇 (創元推理文庫)』
    エラリー・クイーン,信夫, 鮎川
    東京創元社
    902円(税込)
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 僕がこの本を初めて手にしたのは10代半ばだった。
 図書室の隅にある本棚の奥で、分類ラベルも貼られず忘れ去られていた『Xの悲劇』と『Yの悲劇』を読み、クイーンは偉大な作家だと感動したそのあと──

 続けて『Zの悲劇』を読んだ僕は首を傾げた。
 密室状態の路面電車で起きた〝ニコチン針〟による殺人で幕を開ける『Xの悲劇』、大富豪の死をきっかけに豪邸で惨劇が始まる『Yの悲劇』に比べて華がなく、トリックらしきトリックもない。そして意外性よりも論理性を重視した解決編は地味としか感じられなかった。

 だから悲劇四部作のラスト『レーン最後の事件』が見事な着地を決めたことと相まって、『Zの悲劇』は僕の印象にほとんど残らなかったのだ。
 ──当時は。

 だが、20年ぶりに再読して印象は変わった。
 議員が自宅で刺殺される序盤こそ華々しさはないものの、その後は次々に怪しげな登場人物が登場したあげく、主人公たちが無実だと信じる人間が逮捕される──。
 中盤では電気椅子による死刑執行シーンをリアリティをもって描きつつ、推理が完成するのが先か、死刑執行が先かという緊迫感ある展開は見事なサスペンスだ。

 そして。
 何気ない証言を聞くことで完成する探偵の推理。
 最終盤でようやく始まる解決編は圧巻の一言に尽きる。
 読者がほとんど注目しないささやかな事柄を組み合わせ、犯人の条件を導き出す。その上で、容疑者27人のうち、26人(英語のアルファベットの数!)を犯人候補から消去していくのである。

 国名シリーズを見てもわかるとおり、クイーンは印象的な死体や奇妙な現場を数多く生み出し、その奇妙さから導き出される見事な推理を書き続けてきた。

 その方針をなぜ『Zの悲劇』で変えたのかはわからないが、クイーンがやりたかったのは本格ミステリによく見られる装飾(館、密室、ダイイングメッセージ......)を可能な限り使わず、ロジックだけで読者を楽しませることだったのではないかと思う。

 そしてロジックに導かれるまま読者は、〝鉄格子のどちらが内で外か〟という悲劇四部作の裏テーマと向き合うことになる。それは完全に作者の計算のうちだ。

『Zの悲劇』は世界的・歴史的な傑作である『Xの悲劇』、『Yの悲劇』と、シリーズ完結作とのあいだに架けられたシンプルで力強い橋である。だから読者はただ安心して、渡ればいい。たとえその道の先に待っているのが悲劇でしかないとしても。

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さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
さわや書店イオンタウン釜石店 坂嶋竜
1983年岩手県釜石市生まれ。小学生のとき金田一少年と館シリーズに導かれミステリの道に。大学入学後はミステリー研究会に入り、会長と編集長を務める。くまざわ書店つくば店でアルバイトを始め、大学卒業後もそのまま勤務。震災後、実家に戻るタイミングに合わせたかのようにオープンしたさわや書店イオンタウン釜石店で働き始める。なんやかんやあってメフィスト評論賞法月賞を受賞。