第170回直木賞選評を読んで徹底対談。マライ「『ともぐい』論争を活写する林真理子評が良かった」杉江「『八月の御所グラウンド』については、浅田次郎評がもう一言欲しい」

選評を読むまでが直木賞。ということで『オール讀物』(2024年3・4月合併号)に掲載される選評(選考委員/浅田次郎・角田光代・京極夏彦・桐野夏生・髙村薫・林真理子・三浦しをん・宮部みゆき)を読んで〈職業はドイツ人〉マライ・メントラインと〈書評から浪曲まで〉杉江松恋のチームM&Mがあれこれ考える対談がやってまいりました。3月10日にひそかに行われた対談の模様をお伝えいたします。第170回直木賞を深掘りしますよ。芥川賞選評編はコチラ
なお、選考委員を長く務められた伊集院静氏が2023年11月24日、お亡くなりになりました。候補作・受賞作を楽しんできたものとして、賞のために尽力されてきた氏の不在を残念に思います。心からお悔やみ申し上げます。

オール讀物 2024年 3・4月「直木賞発表」 合併号
『オール讀物 2024年 3・4月「直木賞発表」 合併号』
オール讀物 / 文藝春秋
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■第170回直木三十五賞候補作
加藤シゲアキ『なれのはて』(講談社)2回目
河﨑秋子『ともぐい』(新潮社)2回目 →受賞
嶋津輝『襷がけの二人』(文藝春秋)初
万城目学『八月の御所グラウンド』(文藝春秋)6回目→受賞
宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)3回目
村木嵐『まいまいつぶろ』(幻冬舎)初

目次
▼受賞作『ともぐい』(河﨑秋子)選考委員間で読みが分かれて議論が生じた
▼受賞作『八月の御所グラウンド』(万城目学)みんなべた褒めでちょっと物足りない
▼『なれのはて』(加藤シゲアキ)京極夏彦は先輩作家としていいことを言った
▼『襷がけの二人』(嶋津輝)「脳内男性読者」の存在は根深い問題
▼『ラウリ・クースクを探して』(宮内悠介)直木賞的にまとめることで刃が鈍くなる?
▼『まいまいつぶろ』(村木嵐)宮部みゆきは読書菩薩
▼直木賞選評総括●『ともぐい』論争から得るものは大きい

受賞作『ともぐい』(河﨑秋子)選考委員間で読みが分かれて議論が生じた

杉江松恋(以下、杉江) 同時受賞作のその一です。シンプルな作品なのですが、その分選考委員の間でも部分的に読みが分かれて議論が生じたようでした。まず、主人公は自然そのものであるという点で意見はほぼ一致しているように思います。選考会では、猟師の熊爪以外の登場人物が類型的であることと、結末への疑念が呈示されたそうです。それに対してたぶん説得力を持ったのは髙村薫さんの“北海道の自然と一体化した人間は動物のように考え、行動し、生きて死ぬ。女もまた人間をやめ、動物のように自由になり、孕み、殺し、生きる”という意見ではないかと思いました。個人的な関心でいえば、この小説には前近代から近代への移行が背景に描かれているという特徴があるのですが、その点について林真理子さんから、ヒロインの陽子が近代の象徴のようなキャラクターであるのはなぜか、という疑義が呈示され、それに対して自身で答えを出されたことが書かれています。林さんの読みを相対化するのが京極夏彦さんのそれで“また著者は前近代/近代、自然/反自然を対立項として描くことをしない。それは個人の中で鬩ぎ合い浸蝕し合うものでしかなく、社会的な文脈の中で解釈されることはない”というのは実に鋭い。アウトサイダーの熊爪は社会から孤立しているのですべての対立軸からも離れて存在しており、それが小説で使われる語彙にも反映されている点が作者の徹底ぶりを示しているということですよね。

マライ・メントライン(以下、マライ)もっとも議論白熱したのがこの作品らしいというのが興味深いですね。ジェンダー比喩構造が選考を進める上で委員の中で一層深まり、その認識が共有された、というのが授賞に向けて大きかったということだと思います。そのあたりを率直に活写する林真理子氏の筆致が良かったです。逆をいえば、その「読み」の提示が選考会で無かったらどうだったんでしょうね。個人的には杉江さんが(受賞予想対談の)雑談で河﨑秋子さんについて述べていた「だって、文章力が段違いですから」という言葉が印象的だったのですが、そのへんの言及は薄かった気がします。

 

ともぐい
『ともぐい』
河﨑 秋子 / 新潮社 / 1,925円(税込)
あらすじ
北海道の山中で暮らす熊爪は、町の者と関わりを持とうとしない生れながらの猟師だ。ある日彼は、冬山で飢え狂暴化した熊が自分の山に入り込んだことを知り、狩ることを決意する。
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杉江 たしかにそうでしたね。文章について触れたのは京極さんと角田光代さんくらいです。私は寓話的な構造よりもあの文章をもって受賞に価すると思っていましたが。未読の方にはまったくわからないと思いますが、あの結末の意味がわからん→みんな熊だからだ→そうかなるほど人間も天然の一部だみたいな展開の議論だったみたいですね。

マライ それは気づきなのか誘導なのか?(笑)。ジェンダー性と自然とそれを取り巻く象徴性がパワーの中心だった的な印象ですね。

杉江 よくあることですが、何も引っかかりがないとつるんとしていて印象に残らないけど、何かがあるとみんなが気になって結局受賞に結びつく、という展開なんでしょうね。

マライ では誰かが異議を呈したことが超有利に機能した、という感じですか。

杉江 そういう印象ですね。正面からそれをぶつけてきた前作の『締め殺しの樹』(小学館/167回候補作)は、女性を絞め殺す樹=近代化しきっていない日本、みたいな構造がおそらくは一部委員に嫌がられて落ちたという印象でした。

マライ うーん、嫌がられるのか。

杉江 そう。結果論ですけど『ともぐい』では前作で評価されなかったジェンダー的な枠組みを背景にいったん下げて、結末で突如前に出した。最後まで温存したことで、やみくもな批判を回避できたのかもしれません。これは妄想ですけど。なんかね。直接的な物言いは直木賞では嫌がられるぽいですよ。それもどうなのかとは思いますが。

マライ いやその見解は採用したいです。あの演出は素晴らしいですよ。観念的なヒットマンとしての凄みの極みでしたし。

杉江 あれで神話的な構造にもなりましたしね。今回は本当に河﨑さんが直木賞選考委員を手玉にとったという印象が強いです。

マライ みごとなリベンジでした。

受賞作『八月の御所グラウンド』(万城目学)みんなべた褒めでちょっと物足りない

八月の御所グラウンド
『八月の御所グラウンド』
万城目 学 / 文藝春秋 / 1,760円(税込)
あらすじ
京都の夏は灼熱の熱さだ。〈俺〉こと朽木は、恋人に振られたため脱出に失敗し、八月を京都で過ごすことになる。そんな彼に友人の多聞は、草野球大会への参加を持ちかけてきた。
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杉江 同時受賞作のその二です。選評を読んでいてびっくりしたんですけど、みんなべた褒めに近い。

マライ そう、しかしある意味、軽い。受賞作の割には『ともぐい』みたく濃い言及がなく、「巧い」「楽しい」「自然」という印象批評が中心で、これは作者のスタイルに既に選考委員も慣れ切っているからなんでしょうか。個人的にはホラー・異界小説との境界線に立つ作品としての意味や意義にもうちょっと踏み込んで述べてほしかった気もするのですが。

杉江 正直、けなしている人がいなくて選評としては物足りなかったですね。その中で、林さんが“日常の中に、ふわりとさりげなく非日常を入れていく技”と一般人に近いふんわりとした作品評を書いているのに対して、京極さんが“日常に非日常を紛れ込ませるのではなく、両者の間に一切線引きをしないのが著者の作品の特徴”と万城目学の特質を見据えたことを書いていたのが印象的でした。角田さんの“読んでいても驚かないが、その驚きのなさが何より魅力的な小説である”も京極さんと同じことを言っているのだと思います。

マライ 実際、本作に限らず京極夏彦氏の選評は全般的に文芸的道理と切れ味のバランスが凄くてナイスだなと感じます。

杉江 忘れてはいけないのは、かつての万城目学さんが森見登美彦さんと同じ京都を舞台とする作家だった点について、常に後追いみたいな感じで言われていたことなんです。新人賞も森見さんのような大きなものを獲ったわけではない。その万城目さんが直木賞を取ったことはマラソンのゴール直前における逆転劇みたいな味があります。その意味で『オール讀物』がこの号で万城目・森対談をやったことは非常に正しい。出てくれた森見さんの誠意にも拍手を送りたいです。この対談は実に17年ぶり二度目の実現らしくて文学史に残ると思います。

マライ 普段から仲いいとかいうわけではないのですか。

杉江 対談によれば、普段はまったく会わないらしいですから。同じ京都を題材にする作家同士ということであえてそうしているそうですよ。

マライ おお、プロの矜持を感じさせるいい話。私だったら絶対ファミレスで議論とかするなぁ。

杉江 そういうサブカル漫画家みたいなことはしないんです(笑)。しかも、会うんならせめて京都のイノダコーヒとかにしてもらいたい。それにしても、歴史の暗い部分がこの作品において重要な意味を持つことについてあまり言及がなかったのはどうなんですかね。はっきり言ったのは三浦しをんさんの“独特の飄々としたユーモアに満ちた本作だが、いまの時代について、実は極めて自覚的に、真剣に考え抜いて書かれた小説なのではないかと感じる”という評言くらいではないかと。

マライ そこよ!

杉江 浅田次郎さんは絶対言及すると思ったのになあ。だって主人公が高度成長期の東京にタイムスリップする『地下鉄に乗って』(講談社)の作者なんですよ。こういう重い題材をエンタテインメントの中でどう語るべきかという態度について一言あってもよかったですよね。なんといっても直木賞という大きな文学賞の選考を任されている人たちなんだから。

マライ 三浦しをん氏の評言は確かに好感を持てるものなんですけど、あれだと作品のユーモラスな肌触りが抜けてしまう気がしないでもない。浅いように見えて深い、すべてが絶妙な逸品なんですから。

杉江 それを覚悟で一言しておきたかったのかな、と思いました。ふわふわした手触りの作品だけど芯はあるよ、と言いたかったのかなと。本当は浅田さんがそれを言ってくれたら嬉しかったんだけどな。

『なれのはて』(加藤シゲアキ)京極夏彦は先輩作家としていいことを言った

なれのはて
『なれのはて』
加藤 シゲアキ / 講談社 / 2,145円(税込)
あらすじ
テレビ局のイベント事業部に異動した守谷は、後輩社員・吾妻と共に無名画家の展覧会を開こうと画策する。著作権に関して調べるため二人は、画家の故郷と思われる秋田市を訪ねる。
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杉江 浅田さんが批判している意味がよくわからなかったんですが、三浦さんの“気になったのは“「プロットどおりに話が展開している感じがする」”という意見と同義なのかなと思います。技巧的には角田さんの“それぞれの感情が説明されすぎていて、それが彼らの心のありようを単純化し、表層的なものにしてしまった”という意見は加藤作品の弱点を指摘したものだと思いますし、今回挑戦した過去と現在をつなぐミステリー的構造については桐野夏生“構成を複雑にしたことで、それらが有機的に結びつかない。物語の太い幹が確立する前に過去の出来事に戻ってしまう”という指摘が的を射ています。かなり作者にとって耳の痛い意見が多かったですが、全般的には傾聴すべきものが多かったですね。

マライ 浅田次郎氏の批判というのは“このごろよく見られるテレビドラマふうの作品である。こうした作風を頭から否定するわけではないが(中略)「人間を書く」小説には不向きな手法である”という見解ですね。いやぁ「このごろ」って……そのテレビ感覚、3~40年前、2時間サスペンスドラマ全盛時代のイメージからアップデートしてないのでは? と思いました。凄いです。逆に京極夏彦氏の“映像的な数珠繋ぎ構造を採用したことと情報の濃淡が、細部の連続性を阻害している”という言葉は、批判的見解ではあっても加藤シゲアキさん推しの立場からもうかつに反論しにくい「重み」を感じさせました。凄いです。

杉江 浅田さん、たぶん最近のテレビドラマなんか観てないと思うんですよね。知らないことで言っちゃうとどうしてもずれが生じる。京極さんは“陳腐だがエンターテインメント性の高いシークエンスを鏤めることで特異な地平を織り上げるという試み”を指摘しているところに感銘を受けました。これ、すごいことを言っています。つまりプロット上はあまり重要な意味を持たないけど、オシシ仮面がくらやみ団に捕まってピンチになる場面で「つづく」になる。そういう繰り返しで娯楽読物の世界はできているんだということですよね。これは本当に慧眼です。切れ場で盛り上げるためならオシシ仮面だって殺すんですよ!

マライ ナルホド。いい話だ!

杉江 そういう、見ようによってはいい加減な書きぶりを加藤さんはまだ怖くてできないと思うんです。やれ、ってことですよね。京極さんは先輩作家としてすごくいいことを言いました。

マライ たぶん彼は「文壇」に「受け入れられる」ことを凄く意識している気がします。そこでそのアドバイスをリアルスケールで受け止められるかどうか、が気になります。

杉江 文壇で受け入れられようとすると、オシシ仮面的なムダは両刃の刃で、評価されるかもしれない反面、小説が雑になった、という批判も引き寄せるはずです。それは本能的に怖いでしょうね。それをやっちゃう人間が大衆小説作家なんだよ、というのが京極さんの助言だと思うんです。これは考えてみてもいいことだと思いますね。

マライ オシシ仮面、そこまで引っ張りますか!(笑) いずれにせよ、あまりいろいろ意識しすぎると、好きで小説を書く、というのとは違う求道路線になっちゃいますね。世間一般には「頭が固くて権威主義な文壇中枢がアイドルの参入を拒絶している」的なイメージを持たれがちなわけですが、実際にはそう一面的な話ではないでしょう。いろいろと聞こえてきますが、作品の価値を純粋に評価する傍らで状況を冷静に見なきゃいけないな、と思いました。

杉江 加藤さんには変な意識を持たず、好きな小説を好きに書いてもらいたいです。とにかく作品本位でいきましょう。駄目なものが出てきたら駄目と言うということで。それがいちばん加藤さんに対して誠実だと思います。

マライ そうですね。M&Mはあくまでフェアに!

『襷がけの二人』(嶋津輝)「脳内男性読者」の存在は根深い問題

襷がけの二人
『襷がけの二人』
嶋津 輝 / 文藝春秋 / 1,980円(税込)
あらすじ
昭和前期の物語。東京・下谷に嫁いできたちよは、女中頭のお初さんに家事全般を教えられる。台所での交わりを通じて二人は、やがて本当の姉妹のような関係になっていった。
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杉江 本作は、おおむね好意的に迎えられたと思いますし、“市井の片隅に生きる女たちの世界を、女でしか書けない視点で描いた作者の勇気と筆力に感動した”(桐野)、“女性たちだけで完結している世界(中略)その歪さが本作をまさに小説にしているのだと思う”(高村)“独特の肌ざわりと余韻が残るのは、この作者にしか書けない、ちょっと変わった着眼点が随所にあるからだろう”(三浦)と、特に女性の選考委員が理解者になっていたようです。反面、この作品が受賞に至らなかった理由が選評だけだとよくわかりません。浅田さんが“この時代に近い家庭環境に生育した私から見ると、うまく書かれているところと得心できぬ部分が半ばした”と書かれていますが、そのへんで減点が入ったのかもしれません。また、女性読者には受け入れられるが男性読者にはどうかという見えない危惧のようなものもあったように思います。

マライ うーん、やはり他の作品が「超濃度」「超話題」作だったせいか、選評でも言及量の割に影が薄い感があるのが残念です。ホントにいい小説なんですけどね。

杉江 男性読者にはわからない論についてはどう思いますか。

マライ それは選考委員の「脳内男性読者」だったりするとスゴい(笑)。実際には、超売れるキャッチコピーを思いつけない的な文脈で受賞は無理、みたいなことじゃないかと思うのです。

杉江 「次の朝ドラはこれに決まり!(編集部説)」でいいんじゃないですか。

マライ あのー、中身、一部改変しないと朝ドラでは無理ですよ(笑)。

杉江 「脳内男性読者」の存在は実は『締め殺しの樹』落選の背景にもありそうで、根深い問題のような気がします。『襷がけの二人』のような自然な小説をどんどん候補に残していくことで、文壇(笑)の意識を変えるしかないんでしょうね。これぐらい普通だぞ世間では、君たちがむしろ遅れているんだ、って。

マライ 尖り度の少ない作品ほど、そういう価値観や観点の触媒にされる感がありますね。

杉江 ああ、尖鋭性ばかり求めることになって、本当はよくないと思います。現代小説は尖鋭性、時代小説はそうじゃないもの、みたいになって、そっちにほっこり要素を求めるのおかしいですよ。

マライ たしかに。戦国や明治維新じゃない作品には何故かほっこり要素が求められがちなセット商品問題。逆に、そういうステレオタイプで商売する戦術があるということでしょう。

杉江 現代だって普通の尖鋭性がない小説があっていいと思うんですよね。向田邦子みたいな。ごく当たり前のことを主張しておきたいです。

マライ 同感です。

杉江 直木賞は候補作を出す時点でステレオタイプにはめこもうとしている感じがときどきするんですよね。これは予選をやっている文藝春秋の編集者の責任ですが。今回はまあ嶋津輝を候補にしたから許すことにします! この調子で頑張ってちょうだい。

『ラウリ・クースクを探して』(宮内悠介)直木賞的にまとめることで刃が鈍くなる?

ラウリ・クースクを探して
『ラウリ・クースクを探して』
宮内 悠介 / 朝日新聞出版 / 1,760円(税込)
あらすじ
エストニアで生まれたラウリ・クースクは、父がコンピュータを手に入れたことから情報科学に親しむようになった。その道で身を立てるという夢は、思わぬ事態によって阻まれる。
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杉江 浅田さんがこれをどう読むかが気になっていたんですが、“私にとってまったく不明の分野を扱っているので、理解できぬ部分があったかもしれない。ただし壮大な設定のわりには話が妙に小さく感じられた”と潔くてよかったです。反対票として印象的だったのは高村さんで、“個人を翻弄する歴史、激動に押し流される人間、コンピューターの熾烈な開発競争など、どこかに焦点を絞ってさらに書き込むことでラウリの人間像を濃密にすることは、エンターテインメント作品として必須だと思う”と宮内さんが淡泊な青春小説という外形を選択したことを批判しています。もう一つ鋭いと思ったのは三浦さんで、“つまり、メタ構造がうまく機能しきっていないように思えた”という意見は、そのテキストがなぜ書かれたのかという必然にまで踏み込んでいておもしろいものでした。

マライ しかし、予想対談のときの「凄いゆえにむしろ受賞しにくい」というのがもろに当たってしまった感がありますね。賛否両論けっこう激しいですけど「評価基準を用意してないものを持って来られても困るんだけど」感が目立ちます。もう彼は英語で出版してブッカー賞か何かゲットした方が早いのではないか。

杉江 狙いますかブッカー賞。それはそれで大変そうですが。気になるのは、メタ視点の必要性とか、主語が大きくならないよう最大限に配慮した主人公設定とか、一つひとつ作者の意図が拒絶されていたことでした。これを突き詰めていくと、書きたいものを書いている宮内悠介を直木賞は求めていない、ということになってしまうのではないかと。

マライ 彼に対する批判、ある文脈ではたぶん正しいのだけど、それはもっと大きなものを潰した上での正しさなんだよなぁ、と思うのです。だから、反論する気はないんだけど、勿体ないなぁと思ってしまう。

杉江 私はあくまで小説は小説として評価すべきだという考えですが、一方で、小説に何ができるかという挑戦の芽を摘むべきではないとも思います。難しい問題ではありますね。三浦さんの言うように、伝記小説の聞き書きという形をとったことがリアリティの欠如につながるのだとしたら、たとえば人類滅亡後に異星人の手によって発見された記憶ユニットから再生された物語、だったらどうだったのかと思うんです。

マライ 私的には極上ですけど、それ絶対誰かがこきおろしそう。

杉江 でしょう。だから直木賞的にまとめることで刃を鈍くさせられている気はたしかにします。

マライ それだーーーーーーーー!!!!!!

杉江 わ、びっくりした(笑)。

マライ 構造的悲劇じゃないですか。いけないですよ、あんな天才作家を。だって、読んだだけで頭が良くなった感が生じるといえば宮内悠介ですよ。

杉江 今度出た『国歌を作った男』(講談社)なんかを見ても、自由にのびのび、直木賞的なエスタブリッシュメントと無関係に書いている宮内悠介のほうが絶対楽しそうなんですよねえ。

『まいまいつぶろ』(村木嵐)宮部みゆきは読書菩薩

まいまいつぶろ
『まいまいつぶろ』
村木 嵐 / 幻冬舎 / 1,980円(税込)
あらすじ
生まれつきの障害があったため、徳川家重は他人と会話をできずに育った。彼の言葉を理解できる大岡忠光との出会いが家重の運命を変える。手を携えて生きる主従の運命はいかに。
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杉江 なるほど、と思ったのは宮部みゆきさんの選評でした。“現代社会の人間ドラマを、歴史的事実や過去の時代の社会構造・風俗の上に載せて書く──現代的な思考をほぼそのまま使う「歴史時代小説」が多くなっているなかで、厳しい身分制度と「主従」という翻せない序列があってこそ輝く家重と忠光の友愛を描いたこの作品は、見事な「ど真ん中」の歴史小説だと思います”という観点はさすが。歴史小説ならではのものさしをきちんと作品に当てています。

マライ 宮部みゆき氏はどちらかといえば選外の候補作に愛を注ぐ選評を寄せていて、読みの内容もさることながらその姿勢がきわめて印象的です。読書菩薩というか。

杉江 ただ他の選評を見ると、家重と忠光のキャラクターが主人公であるのに描き切れていないという意見が多いように感じました。ただ、これは視点の問題ではないでしょう。“視点人物となるひとの数が多く、視点の交代も頻繁に行われるため、家重と忠光の内心に踏みこみきれなかったからではないだろうか”(三浦)とあるのだが、第三者の視点を用いても中心人物の内面が描かれる作品というものはあります。たとえば前回(169回)受賞の『木挽町のあだ討ち』(永井沙耶子/新潮社)がそう。そういうことじゃなくて“平たく言うなら中心人物を“良い人”に描かんために無理が生じているように読めてしまう”(京極)という評言に尽きるわけです。

マライ これは、予想対談でわれわれが述べていたそのまんまのことが選評で述べられていますね。「はい、そうですね」としか言いようがない。

杉江 そうなんですよね。浅田次郎さんが「松本清張の短篇に同じ題材があるのをご存じかな若いの」と指摘しているのは、さすがに村木さんが可哀想になりました。

マライ 死に体のレスラーを後ろから蹴るのは良くないですよ。

杉江 うん、大怪我の元ですからね。これは、作者というよりも予選委員の責任じゃないかという気がします。だって作品の根幹に関わる欠陥があるんだもの。これを見過ごした版元や刊行時に絶賛した関係者にも言いたいことがあるけど、直木賞という場に上がってきたら選考委員は仕方ないじゃないですか。言うべきことは口にしなきゃいけない。本当はもっと前に誰かが指摘すべきであったことを京極さんは言ったわけですよ。作者に対して非常に親切な選評だと私は思いました。

直木賞選評総括●『ともぐい』論争から得るものは大きい

マライ 今回は『ともぐい』をめぐる選考会の議論模様が特に興味深い。というかこれ、読書潮流にある種のクギを刺すものとしても意味深そうです。今やありとあらゆる文化コンテンツで無視できない、しかし飽和感が食傷をも生んでいる「ジェンダー問題観点」について、まさかの角度からガッツリ描いた上で、さらに巨視的なパワーでそれ自体を食ってみせたことこそ『ともぐい』の真価だ! という解釈。これを読書業界の中枢がポジティブなものとして表沙汰にした意味と価値はかなり大きい。杉江さんとの対談では「直木賞の本来的な文脈とは何か?」というお題について、その謎感や迷走感がやや批判的に語られることもあるのですが、今回の選評に見る選考委員の皆様の「読み」からは、『ともぐい』論に限らず、読書人としてかなり得るものが大きい気がします。ということで第170回直木賞「選評」を堪能いたしました。

杉江 以前から直木賞選考委員は「この賞が考える、大衆文芸らしさとは何か」を明示する必要があると考えていたのですが、京極さんの参加でそういう方向に舵が切られている気がします。欠点があって受賞に至らないという意見のときにこそ詳しい講評は必要ですし、印象批判では作家にも作品にも失礼です。そういう公平な直木賞を目指す雰囲気があって第170回の選評は非常に楽しく読めました。

 

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