『変な家』雨穴

●今回の書評担当者●八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実

 日常の足として使っていた自転車と原付が同時に壊れてしまった。電化製品が同時に壊れることは聞いたことがあるが、こんなことある?と思いつつ、さてどうしようかと困ってしまった。自宅から最寄りの駅まで徒歩だと20分強はかかるからだ。修理に出すにしても数日間は戻ってこないし、買い替えるのもおっくうである。そういえばここ最近ほとんどどこにも行かず運動不足だし、せめて通勤時間に歩いて運動したことにでも、と思い歩き始めた。
 
 今まで景色がぐんぐんと流れていたところが毎日歩くことによって鮮明に見えてきた。私の住んでいる今の地域は一軒家が多く、幼少期団地に囲まれて育ってきた私には一軒一軒がとっても新鮮にみえる。もともと新聞に挟まっている分譲住宅などのチラシの間取りを見てあれこれ想像するのが好きだったのをふと思い出し、この家はここに台所があるのだなとか、こちら側からも扉があるのかとか、変わった窓の形だなあとか、一見すると不審者かと思われてもおかしくないので、なるべくじろじろと見ないように頭の中で間取りを想像しながら通勤するのが日課となった。
 しばらくたって、ふと気になることができてしまった。何軒かの家に一面窓のない面があるのだ。部屋にしても窓をつけないことがあるのだろうか、壁側に廊下とか?あまりにも気になるのでインターフォンを鳴らして聞いてみたいくらいである。
 
 そんな中ある一枚の注文書がFAXで届き、これは!と思い多めに発注をかけ発売を楽しみにしていた。『変な家』雨穴(飛鳥新社)である。注文書の内容によるとネットで100万回以上読まれたミステリーだという。間取りの謎が解けますか?とのこと。私が気になっている窓のない家の謎も解けないかなあなどと思いながら、発売後すぐに購入した。それどころかあっという間に売り切れてしまい慌てて追加発注したほどである。
 
 本を開くとそこには間取りが書いてあり「これは、ある家の間取りである」「あなたは、この家の異常さが分かるだろうか」と。フィクションなのかノンフィクションなのかわからない、筆者とこの家の購入を考えている知人との会話形式で『変な家』のストーリーは進んでいく。間取りにあるどこからも入れない謎の台所とリビングの空間に疑問を持った知人から相談を受けた筆者は、ミステリー愛好家でもある設計士の知人に話をするが、この間取りにはよく見ると全く窓のない子供部屋があり、ある一点から想像すると驚愕の事実が浮き上がってくる。ストーリーはこの家だけではなく、そこからある一家の歴史につながり、まるで横溝正史の世界かと思うほどの広がりを見せていくのである。
 この作品の面白いところはそれだけではなく、この間取りが会話によって何度もページに登場するところである。普通だったら巻頭にポンっと載せておいて、あとは見たい時にこのページ開いてくださいね~と言わんばかりに出てこないことが多いのだが、かゆいところに手が届いてすらすらと読み進めることができるのだ。
 
 後日、注文書に書いてあった100万回以上みられているという動画も見てみた。私が見たときには100万回どころか900万回に届く再生回数だった。驚異的である。なるほど、間取りが何度もページに出てくるのは動画を見ているような感覚で読めるということなのだなと思った。様々なアプローチの仕方が選べるのはとても楽しい。
 
 相変わらず日常の足の復活は遠く、暑い中徒歩での通勤を毎日している。
 壁のない家の謎はもちろん解けず、『変な家』の歴史がもしかしたらここで続いているのではないか、という想像が加わってしまった。不審者に見られないように楽しみたいと思う。

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八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実
八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実
サガンと萩尾望都好きの母の影響で、幼少期から本に囲まれすくすく育つ。読書は雑食。読書以外の趣味は見仏と音楽鑑賞、ライブ参戦。東大寺法華堂と阿倍文殊院が好き。いつか見仏記のお二人にばったり境内で出会うのが夢。