『探検!東京国立博物館』藤森照信、山口晃
●今回の書評担当者●八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実
たった一回だけ見ただけなのに、ずっと心に残り忘れられないものって皆さんにもあるだろうか。記憶し続けることがものすごく苦手な私にも、不思議なことにいくつかある。例えばダ・ヴィンチの「荒野の聖ヒエロニムス」、ターナーの「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」、空海筆「風信帖」、木喰の「子安観音菩薩坐像」など、いずれも美術館で観たものだ。それを目当てに行ったわけではないし、いつ見たかも定かではないのに、なぜか心にずっと残りその後再会できていない。
そして今回またそこに一つ増えた、とある絵画を思いながらこの文章を書いている。それは先月行った東京国立博物館、通称トーハクで見た、ある一枚の絵である。
大智正観筆「聴幽」と書かれていたその絵は掛け軸にかけられており、大きな木が構図の半分以上を占め、その合間から見える中国風の家屋の中から色白な女性が手に水差しのようなものを持ち、外に出てきた瞬間を切り取ったような絵だった。あまり見たことのない構図、そして聴幽というタイトルの下に英語で書かれていた「Listning to the Wind」という言葉に目を奪われた。まさに風の音を聴いている、深い静けさを感じる絵なのである。家に帰ってすぐに調べたが、作者の名前もこの作品の詳細もほとんどわからずじまいだった。
今回の本館展示室もそうだが、トーハクで全く立ち寄ったことのない場所も多く、もっと知りたいと思い、店で平積みしている中にトーハクの本があったなと購入したのが淡交社発行『探検!東京国立博物館』。建築家の藤森照伸さんと画家の山口晃さんがトーハクを探検紹介してくれる書籍である。美術編、建築編、舞台裏編に分かれており、藤森さんの建築から見た魅力と歴史、山口さんの和みイラストとわかりやすい図、思わず笑ってしまうトーハクあるある(冒頭にある連絡通路のソファーの話などぜひ一度でも行った方は見てほしい!)、そしてお二人の掛け合いがとても楽しく、勝手にトーハクセレクションなどはもっとページ数を割いていただき読みたいほどである。建築編の日本最古の空調施設や東洋館の鉄筋コンクリート建築の趣き、本館の瓦屋根の意味やエントランスの謎などはまた行くときにゆっくりと注目してみてみたい。そして館長室や副館長室なども紹介してくれており、隅々まで読むと特別展以外でも再訪したくなる1冊である。
本書によるとトーハクは2週間に1度はどこかしらを展示替えしており、世界をみてもそこまで替えているのは珍しいそう。収蔵品件数は11万件以上ということなので「聴幽」ももしかしたらもう二度と出会えないかもしれない。まさにトーハクは一期一会の場所なのである。
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- 八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実
- サガンと萩尾望都好きの母の影響で、幼少期から本に囲まれすくすく育つ。読書は雑食。読書以外の趣味は見仏と音楽鑑賞、ライブ参戦。東大寺法華堂と阿倍文殊院が好き。いつか見仏記のお二人にばったり境内で出会うのが夢。