『ミッドナイト・ライブラリー』マット・ヘイグ

●今回の書評担当者●八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実

  • ミッドナイト・ライブラリー (邦訳版:The Midnight Library)
  • 『ミッドナイト・ライブラリー (邦訳版:The Midnight Library)』
    マット ヘイグ,浅倉 卓弥
    ハーパーコリンズ・ジャパン
    1,980円(税込)
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 ここ最近まっすぐに楽しさだけを追い求めていた10代20代だったころには考えなかったようなことを、ふと考えるようになった。仕事で疲弊し、化粧も落とさずベッドにもたどり着けず朝起きたら床で寝ており、何も自分のことに思いを巡らせられない、懸命に生きているように見えるかもしれないが、ただ嵐のような時間が過ぎていくのをやり過ごしているだけの日々が、今の状況下であの時よりも少しいい意味でも悪い意味でも時間に余裕ができ、自分を見つめる時間ができてしまったからだと思う。

 あの時こうしていたら今の自分はもっと変化していたのではないか、なんでもっと勉強しなかったのか、あの時あの子にあんなこと言わなきゃよかった、もっと一生懸命に日々を過ごせばよかったなど、後悔の念にさいなまれることもある。いま戻れるのならいつがいいだろうか、いつからならやり直せるだろうか、そんなことを考えている。

 先日、あるドキュメンタリーを見ていたらそこに出演しているアーテイストが読書をしているシーンがあった。彼らはグループでメンバーの何人かが同じ本を読んでいた。そんなに面白い本ならぜひ読んでみたいと思っていたら、今月日本語訳が発売された。こんなタイミングってあるのだなと惹かれるように購入してきた。マット・ヘイグ『ミッドナイト・ライブラリー』(ハーパーコリンズ・ジャパン)である。表紙には夜空に浮かぶ図書館と猫が描かれている。夜に図書館を冒険するような物語で、私も小さいころ図書館が好きで夜までいたら楽しいだろうな、どこかに隠れて夜までいられないかななんて思っていたなとタイトルと表紙だけ見たときに思っていたのだが、帯には「その図書館には"選ばなかった人生"が待っていた」と書かれていた。鳥肌が立った。いままさに私が知りたいことだった。

 作品はいきなり「死を決意した日から遡ること十九年前のその日~」という一文から始まり主人公ノーラ・シードが故郷の学校の図書館で司書のエルム夫人と将来の心配について語り合っている。その次のページには「死を決意する二七時間前」になり、時間がカウントダウンされながらノーラの人生が悪化していく様を見ていくことになる。絶望が体に巣を作りSNSを見ても誰も反応をしてくれない。それどころか他の人は順調に生を謳歌している。「この人生を意味のあるものにできるチャンスだって私にはいっぱいあったんだと思う。でも私はその全部をことごとくだめにしてきた...」という言葉を残し、死を選んだノーラが霧の中に見たものは真夜中で時が止まった生と死の狭間にある図書館。そこにはかつての司書エルム夫人がおり、そこにはノーラが生きていたかもしれない人生へいざなう無数の本が並ぶ。後悔していたことをやり直し人生を変えるために順番に本を選んでいくノーラ。その途中のエルム夫人の言葉が今の私に必要だった言葉なのかもしれない。

「自分でないものを目指せば必ず失敗します。まずは自分が自分自身に近づくことを目標にすべきです。肩の力を抜いてあるがままに物事を見つめ、行動し、考えるようにするのです」「大事なのはあなたが何を見ているのかではない、何が見えているのかなのだ」どの人生を選んでもそれは自分で、どこにいる自分も今自分の中にいる自分なのだと。目をとじてただそのことに思いを寄せ、いまあるこのことをあるがままに受け取ることが大事なのだと。

 果たしてノーラは死を選ぶことをやめたのか、人生を新たに選びなおしたのかはぜひこの本を読んで確かめてほしい。私のようにあの時こうすればよかった、やり直したいと思っている人にぜひ読んでほしい1冊です。

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八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実
八重洲ブックセンター京急上大岡店 平井真実
サガンと萩尾望都好きの母の影響で、幼少期から本に囲まれすくすく育つ。読書は雑食。読書以外の趣味は見仏と音楽鑑賞、ライブ参戦。東大寺法華堂と阿倍文殊院が好き。いつか見仏記のお二人にばったり境内で出会うのが夢。