『緑の天幕』リュドミラ・ウリツカヤ

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美

  • 緑の天幕 (新潮クレスト・ブックス)
  • 『緑の天幕 (新潮クレスト・ブックス)』
    リュドミラ・ウリツカヤ
    新潮社
    4,180円(税込)
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 もう10年以上前になる。六本木で、「戦争と平和」の映画を観た。途中休憩をはさみながら、上映が終わるまで8時間くらいかかったと思う。章の始まりには、荘厳な音楽と流れる雲が延々と映され、何となく背筋を伸ばしたくなる雰囲気に気圧されながら夢中で観た。映画が終わった時には腰とお尻がとても痛かった。そのせいか、年を取った気がした。次女の妊娠時に切迫早産で入院し、ベッドから起き上がってはいけないと言われ『戦争と平和』を読んだ時も、読み終えると年を取った気がした。腰もお尻も痛かった。

 そんな記憶があるせいか、ロシア文学を読むことは、人生の一端を覗いているような気になる。

 リュドミラ・ウリセツカヤの小説も、時世と様々な人の視点や生活が交差する。今回紹介する『緑の天幕』(新潮社)もそうだ。

 本書はスターリンの死から始まる。

 主たる登場人物は三人。

 ユダヤ人のミーハ、私生児のイリヤ、お坊ちゃまのサーシャを軸に、時代に翻弄される人々の姿を描いている。

 学校の味噌っかす同盟の少年三人は、ミーハは文学、イリヤはジャーナリズム、サーシャは音楽の才能に恵まれている。芸術に感化され、多感な少年時代を意気揚々と過ごすものの、本書の章のタイトルにもなった「イマーゴ」(成体・成熟)への過程で、出自や怪我、そして密告と監視の体制の中で挫折を味わい、目標を見失って、居場所を求めてもがく。

 小説の中で、時系列は行きつ戻りつするが、時代の流れやうねりは止めることはできない。人はただそれに巻き込まれ、翻弄されるしかない。

 けれど、文中にたくさんの文学作品や芸術家の名が挙がり、パステルナークやサハロフが、大河に一石を投じ、どんなふうに波紋を広げたのかを知ると、読み手は希望を持つことができる。

 ウリセツカヤの小説は、散々時代に振り回され、死を迎えることになっても、悲劇一辺倒には感じない。読後には生きることの希望や肯定感を感じる。それは、作者が過去を生き延び、未来に希望を持っているからかもしれない。

 明日倒れそう、と感じる人の拠り所になる一冊だ。同じ作者の『クコツキイの症例』や『通訳ダニエル・シュタイン』も併せてどうぞ。

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ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
東京生まれ。2001年ジュンク堂書店に入社。自分は読書好きだと思っていたが、上司に読書の手引きをして貰い、読んでない本の多さに愕然とする。以来読書傾向でも自分探し中。この夏文芸書から理工書担当へ異動し、更に「本」の多種多様さを実感する日々。