『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』伊与原新
●今回の書評担当者●ゲオフレスポ八潮店 星由妃
7月、書店には各社の夏文庫が並んでいる。
その中に毎年必ず入っているのが宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だ。『銀河鉄道の夜』は色々な版元から出版されており解釈も違うため読み比べても面白い作品です。
280円文庫(角川春樹事務所)では「銀河鉄道の夜」「雪渡り」の2つの童話と「雨ニモマケズ」の詩が収録されています。新潮文庫の『新編 銀河鉄道の夜』では14篇収録されていますので各版元から発売されている『銀河鉄道の夜』の中に収録されている内容を確認しながら選んで欲しい。
さて前置きが長くなりましたが今月紹介するのは『銀河鉄道の夜』ではなく伊与原新さんの『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』です。
伊与原新さんと言えば『八月の銀の雪』で 第164回直木賞候補、2021年本屋大賞ノミネートにもなった方ですがこの本は2020年1月に新潮nex文庫の書き下ろしだった為、伊与原新さんの本を読まれている方でも意外にご存知ない方も多い作品です。
『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』は宮沢賢治が教鞭を取った花巻農業高校をモデルに実在する全国でも珍しい郷土芸能部の獅子踊り部に所属する壮多が怪我をきっかけに深澤と先輩の三井寺、一年生の川端文緒らが作った地学部に入り、その夏、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に沿って賢治ゆかりの地を自転車で巡検に出ます。
作者の伊与原新さんは、地球惑星科学の博士課程を修了されたという経歴から地学の教師だった宮沢賢治を専門知識でオマージュした作品に仕上げています。
冒頭には岩手県の地図、作中には岩手県の方言や地名も実在する場所が掲載されている。
イギリス海岸の風景の描写が美しく旅の行程や宮沢賢治の文献に準じ詳細に書かれているので私は故郷を懐かしく思い出した。
物語の終盤は「銀河鉄道の夜」のカムパネルラの死が重要なモチーフになっていく。
ジョバンニが銀河鉄道の世界に迷い込んだのは夏だとは思っていたが実はお盆の頃だったのではないか?なぜなら生者と死者が交感が出来るのはお盆の時期だからだ。
宮沢賢治は10年間も「銀河鉄道の夜」を書き直し続けて結局、未完成のままになっているがカムパネルラの最期の描き方をどう描き上げたかったのだろうか?
自分には◯◯しかないのではない。◯◯があれば、大丈夫なのだ。どこで何をしていようと。
ときに高く跳ね、また大地を踏みしめて自分の人生を舞えるのだ。居場所を失うと怯えることも誰かに甘えて寄りかかることもなく。だから今はただひたすら自分の◯◯を磨けばいい。その先にどんな答えがあるかは行ってみればわかる。
(◯◯は作中には入っていますが自分の大事なことを入れて考えてみましょう)
自分なりの最期の描き方の答えが出せるはずだ。
最後になりますが表紙の「薤露青(読み:かいろせい)」が印象的です。〜夜になりかけの空の青〜を表現し宮沢賢治が思い描いた、この世とあの世を繋ぐ境目の深い青の世界で岩手県をイーハトーヴ(理想郷)と呼んだ宮沢賢治の世界と共に伊与原新さんの描いた「青ノ果テ」を読んで欲しい。
- 『ざつ旅 ーThat's Journeyー』石坂ケンタ (2021年6月10日更新)
- 『きのうのオレンジ』藤岡陽子 (2021年5月17日更新)
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- ゲオフレスポ八潮店 星由妃
- 岩手県花巻市出身。課題図書は全て「宮沢賢治作品」という宮沢賢治をこよなく愛する花巻市で育ったため私の読書人生は宮沢賢治作品から始まりました。小学校では毎朝、〔雨ニモマケズ〕を朗読をする時間があり大人になった今でも読んでいて素敵な文章があると発声訓練のごとく、つい声を出して読んでいる変な書店員です。