『異常アノマリー』エルヴェ・ル・テリエ

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美

  • 異常【アノマリー】
  • 『異常【アノマリー】』
    エルヴェ ル・テリエ,加藤 かおり
    早川書房
    2,970円(税込)
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 四歳のとき、京都駅でだったと思う。

 家族で外出した帰り、体が重いと思いながら母親の後を歩いていた。その時背の高いモヒカンの一団が目の前を横切り、目を奪われた。パンクな格好を見るのは初めてだった。しばらく見とれた後母親の後を追いかけたが、急に強烈な不安に襲われた。この見慣れた後ろ姿が、本当にさっきまでと同じ自分の母親だろうかという考えが湧いてきたのだ。そして、自分が異世界に紛れ込んでしまったような寄る辺ない気持ちになった。人生で初めて自分の知る当たり前が当たり前でないかもしれないと疑った瞬間だ。違和感や非日常の感覚は、日常からこんなにするりと切り替わるのだという驚きと一緒に覚えている。

 今回紹介する『異常アノマリー』エルヴェ・ル・テリエ著(早川書房)は、「L'Anomalie」と表記されているようにnormalが突然ひっくり返る。

 第一章では、二〇二一年三月のエールフランスに乗り合わせた人々の日常が描かれている。殺し屋、作家、建築家、軍人の家族、弁護士、歌手らの昨日まで、そしてこれかも続くであろう日常が描かれ、その様々な人生模様を覗き見るのはとても面白い。人物によって、ハードボイルド、恋愛、家族、スターの隠された日常などいろんなジャンルの小説を読む楽しみもある。そして、本文中にちりばめられる文学や思想や科学、ことばあそびのアイテムに寄り道をしながら小説の世界を膨らませる喜びも味わえる。その最中黒服の人物たちが忍び寄る。

 そして、第二章。見事に日常がひっくり返る。

 第一章を読む際に、実在の政治家や作品が出てくるせいで、登場人物たちの世界は自分の暮らす日常の隣にあるように思える。その日常がひっくり返る驚きと戸惑いは大きい。

 本書の魅力は、起こった「異常」に対して、登場人物たちがこの先の「日常」をどんな風に選択するかがきちんと描かれることだ。誰にも未来を正確に予測することはできないし、一寸先は闇かもしれない。人生の選択の「正解」を確信して行うことはできない。それでも人生は先に進むし、進めなければならない。人生の未知と未来に飛び込むことを後押しする本書が好きだ。

 そして、著者は文学グループ「ウリポ」のメンバーで、ウリポらしさを探す楽しみもある。最後の一文にはにんまりしてしまう。どこを切りとっても楽しめる一冊だ。

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ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
東京生まれ。2001年ジュンク堂書店に入社。自分は読書好きだと思っていたが、上司に読書の手引きをして貰い、読んでない本の多さに愕然とする。以来読書傾向でも自分探し中。この夏文芸書から理工書担当へ異動し、更に「本」の多種多様さを実感する日々。