『王朝奇談集』須永朝彦
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
書店で扱う書籍には古今東西多種多様な情報や知識が詰め込まれている。書籍を記した著者や編集者、それを店頭に勧めてくれる出版社営業、そして書籍を求めるお客様など一冊の本が手から手へと渡っていくリレーの襷を繋ぐ者として、自分以外の人の知識に学ぶことが多い。どんな些細なことでも情報や知識には無駄ということはないと思っていて、知らないことの多さを日々痛感している。
けれど行動の前に「もし~の素養があれば」と思って過ごすことが大半だ。
数学・ダンス・武道など何かに心動かされるたびにこの「もしもシリーズ」が発動するのだが、結構な頻度で考えるのが「もし古典の素養があれば」である。
今回私がそう思ったのは『王朝奇談集』須永朝彦著(ちくま文庫)を読んだからである。本書は様々な説話集から抜粋した説話と著者の解題が載せられている。
私が「昔話」として知っているはなしや、荒唐無稽なはなし、怪異や奇人についてなどどれも面白い。
海から打ち上げられた大女の死体の話は、本書だけでも2編収録されている。澁澤龍彦の「うつろ舟」やガルシア=マルケスの「この世で一番美しい水死者」、スウィフトの「ガリヴァー旅行記」など同じようなモチーフを古今東西見つけることができて、海の向こうからやってくる人を通じて異世界への怖れや憧れ、空想を膨らませることはどの時代、国でもあったのだろうと想像する。言葉や人からの情報を通じて昔から人は未知の世界を探ることをしていたのだなと思う。
本書に収められた話の一番のお気に入りは、『今昔物語』収録の「博雅朝臣と蝉丸」だ。管弦の道を極めた源博雅が身分の差を超えて盲目の法師蝉丸と芸事を通じて心を通わせる話だ。話の最後に芸技はこの逸話のように一心に極めるべきで、近頃はそれが変わってきているので様々なことに達者な人が減ってきていると嘆いているのが面白い。いつの世も同じことが言われている。
自分で古典を紐解く力はなくともこんな風に古典を楽しむことはできる。しかし、あまりに面白いので原典を手に取ってもっと読みたいという欲がでる。優れた編者は優れた水先案内なのかもしれない。私もひとつでも「もしもシリーズ」をなくせたらと思う。
- 『異常アノマリー』エルヴェ・ル・テリエ (2022年9月1日更新)
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- ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
- 東京生まれ。2001年ジュンク堂書店に入社。自分は読書好きだと思っていたが、上司に読書の手引きをして貰い、読んでない本の多さに愕然とする。以来読書傾向でも自分探し中。この夏文芸書から理工書担当へ異動し、更に「本」の多種多様さを実感する日々。