『スティーブ&ボニー 砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ』安東量子
●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
例えるならヘレン・ケラーが水を初めて言葉として捉えて「ウォーター」と言ったという逸話のように、ある言葉がすとんと腑に落ちる瞬間があった。
それは、今回紹介する『スティーブ&ボニー 砂漠のゲンシリョクムラ・イン・アメリカ』安東量子著(晶文社)を読んだときだ。
ここ数年、人文や医学の書籍を目にする機会があり「ダイアローグ」という記載がたびたび目に入ってきた。対話や相互理解だとなんとなくの意味は分かったが私の中では「理解できていないが気になる・ひとまず気に留めておく」というくくりの言葉だった。
それが、本書を読み身近な出来事と重ね合わせてこういうことだろうか、と腑に落ちた。このところ頭を悩ませいた問題に足りなかったのはこの本でいう「ダイアログ」ではないかと思ったのだ。
著者の安東量子さんは、広島出身で福島在住。原発事故後にボランティア団体「福島のエートス」を設立してNPO福島ダイアログの理事長をしている。
この本の始まりは、NPOの活動を通じた知人にアメリカの原子力村・ハンフォードで行われる原子力関係の会合での講演を打診されたことだ。学会や会社に属さない著者にとって諸経費は自己負担になる。主催者に交通費や宿泊費の捻出を依頼して、それに乗じて断るつもりでいると承諾を得てしまい、原子力施設で働くスティーブと妻のボニーが暮らす家にホームステイすることになったのだ。
ハンフォードは長崎原爆に使用されたプルトニウムを製造した核施設があったところで、原子力関連で街が興った本場の原子力村である。過去の放射能汚染や核廃棄物の問題も抱えている。言葉も流暢ではない著者が乗り込むのは不安が募るが、持ち前の何とかなる精神で単身アメリカに渡る。最初はそっけなかったものの、自分の活動をメールで送るとスティーブが著者に対して歓迎の意を示したからだ。スティーブはダイアログに深い関心をよせていた。
スティーブの気持ちはアメリカでともに生活し、会合の様子を目の当たりにして理解できるようになる。ハンフォードは放射能汚染によって厳しい目線に曝されてきた地域でもある。会合で、関連施設で働く科学者たちはそれらをはねのけるように科学的で合理的なそれぞれの主張を述べる。安全の閾値の設定について、明確にすべしとそれぞれが信じる「正しい数値」を競うように叫ぶ姿を見て、数字で線を引くことはその周縁で切り捨てられる人が存在すると著者は思い、それらが置いてきぼりにされていると感じる。
長年地元でダイアログを行い、「福島」の当事者として内外問わず人との対話を積み重ねてきた著者の体験から搾りだされた言葉だ。
国籍を問わず、厄災にあった地に足を運び、人と接して来た人は、数値では表しきれない合間を掬い取っていこうとする。著者はそれをダイアログによって行っている。
文化や主張が違う人たちの間で対話することは無駄なことではない、築かれる架け橋もあると教えてくれる。著者とスティーブ&ボニーの場合のように。
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- ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
- 東京生まれ。2001年ジュンク堂書店に入社。自分は読書好きだと思っていたが、上司に読書の手引きをして貰い、読んでない本の多さに愕然とする。以来読書傾向でも自分探し中。この夏文芸書から理工書担当へ異動し、更に「本」の多種多様さを実感する日々。