『首相が撃たれた日に』ウズィ・ヴァイル

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美

  • 首相が撃たれた日に
  • 『首相が撃たれた日に』
    ウズィ・ヴァイル,母袋 夏生,広岡 杏子,波多野 苗子
    河出書房新社
    3,190円(税込)
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 小説を読んで心を射止められたことはあるだろうか。

 私はある。前回はエトガル・ケレットの短編で、友人の深い孤独が伝わる一編に胸がえぐられるようだった。そんなふうに心にとめた作品は、時がたっても読んだ時の気持ちがまざまざとよみがえる。私にとって、芥川龍之介の「沼地」もそんな一編だ。私が一瞬で心を奪われてしまう作品は短編が多い。

 今回私がお勧めするのは、イスラエルの作家ウズィ・ヴァイルの『首相が撃たれた日に』(河出書房新社)だ。なんとなくどきりとするタイトルだが、表題作はイスラエルで作品が出版された4年後のイツハク・ラビン首相暗殺を予見したと評されている。

 その中の一編「なあ、行かないでくれ」にノックアウトされてしまった。

 たくさんの人とその人生が交差するなかで、人と人の結びつきが生まれる「出会い」の幸運と突然訪れる「別れ」を描いている。

 私が魅かれたのは、「死の予感」だ。身を切りもみするような激しい感情ではなく、ひたひたと忍び寄る気配。それに対してなすすべもなく、血の気が引いた時の痺れるような感覚と気怠さを感じ、ぼんやりとした不安が漂う。そしてどんどん色濃くなる予感の気配。そんな感覚をかつて味わったことがある。結末ははっきり示されないが、読み終わった後タイトルが効いてくる。

 もちろんほかの作品もとてもよかった。人生の波乱が展開されるも文章はあくまでさりげない。皮肉や人生とはそんなものという達観が感じられるようでいて、描かれる人の姿には心を動かされる。

 この短編集には兵役後の若者がたくさん登場する。イスラエルには18歳から男性3年、女性2年の兵役がある。人生の不安や希望に最も翻弄される年齢の若者のはずが、兵役を終えた登場人物たちは脱力感に襲われている。政治や地域の情勢に当たり前に左右される日常が、難しい説明なくしても迫ってくる。

 全編を通して読むと、一つの短編の登場人物が他の短編にも出てくる。脇役だった人物が他では主人公になっていたり、他の短編の登場人物のその後がでてきたりする。個々は関係なく動き、交わらないように見えて、世界はこんな風にゆるく繋がって影響しあい、それぞれのドラマを内包しているのだと思う。どんなに平凡で残酷なことでも、一瞬のきらめきがある。ぜひ読んでほしい一冊だ。

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ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
東京生まれ。2001年ジュンク堂書店に入社。自分は読書好きだと思っていたが、上司に読書の手引きをして貰い、読んでない本の多さに愕然とする。以来読書傾向でも自分探し中。この夏文芸書から理工書担当へ異動し、更に「本」の多種多様さを実感する日々。