『他人の家』ソン・ウォンピョン

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美

 不惑を超えて、いろいろなことが大変になってきた。

「大変」な時というのは、一つだけではなく様々な問題が起こる。ひとつひとつの出来事はありふれていて、大惨事や天変地異レベルではないものの、当事者にとっては頭を抱えたくなるような出来事なうえ、重なると「とても大変」だ。

 そして、ふと周りを見回してみれば知人たちもそれぞれ「大変」なのだった。

 今回紹介する『他人の家』ソン・ウォンピョン(祥伝社)には八つの短編が収録されている。夫婦関係や妊娠、子育て、ジェンダー、家族、住居問題、老い、格差、新自由主義の矛盾、他人への無関心など、生きていればどれかひとつはつきあたるであろう問題を抱える人達の物語だ。抱える困りごとについて、問題と向き合うことに力つきたり、直視することを避けて日常生活を送り続けようとする様子は、未来に希望が持てない「いまのくうき」を表していると思う。

「怪物たち」と「ZIP」は、妻で母の役割をこなす女性の物語だ。二人とも家庭でとるに足らない存在とされている。どちらも一番の抑圧者は夫だ。ところが夫は突然排除される。「怪物たち」では、双子の息子が夫を殺したのではないかと疑い、主人公が追い詰められてく。けれど読むうちに、主人公は抑圧された生活に疲弊して精神的に病んでいるのではないか、怪物のように不気味な息子たちありふれた母親思いの子供ではないのか、ひりひりするような周囲との関係性は主人公のみが感じてることではないかと思えてくる。一方「ZIP」では主人公は夫が家からいなくなった後、自分だけの生活をしみじみと楽しんでいる。しかし、息子が自分の妻に夫を良い父親だったと語ったことに動揺する。妻から見て、夫と息子はそんな関係性ではなかったが、夫がいなくなった後に子供たちは良かった思い出をつなぎ合わせて生きていた時とは違う父親像を作り上げていたのだ。あるいは息子がかつての夫のようになることを暗示しているのかもしれない。

「四月の雪」では、子供を失って破綻しかけている夫婦のもとにフィンランドから民泊を利用しに女性がやってくる。その女性・マリの前では何事もなかったかのように夫婦は円満を装う。しかし天真爛漫なマリに影響されてかたくなな気持ちが綻び、お互い押し殺していたものをぶつけ合う。子を失って以来不安定な妻と向き合うことに疲れ果てていた夫は、マリに慰められるがやがてマリにも抱えている事情があったと気づく。

 どの短編も、事情や視点には他の側面もあると気づくようになっていて、結末は読者に委ねられる。声をあげるより沈黙を選んだり、訴えることばを持たない、強くない人々の物語は、誰かの重荷を軽くしたり、箍を外してくれるのではと思う。

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ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
東京生まれ。2001年ジュンク堂書店に入社。自分は読書好きだと思っていたが、上司に読書の手引きをして貰い、読んでない本の多さに愕然とする。以来読書傾向でも自分探し中。この夏文芸書から理工書担当へ異動し、更に「本」の多種多様さを実感する日々。