『新装版 ロマン』ウラジーミル・ソローキン

●今回の書評担当者●ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美

  • ロマン
  • 『ロマン』
    ウラジーミル・ソローキン,望月哲男
    国書刊行会
    5,940円(税込)
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 いよっ!でました!
 というのが、今回紹介する『新装版 ロマン』ウラジーミル・ソローキン(国書刊行会)の刊行を知ったときと、本書の後半を読んだ感想だ。
 大人なので、人前でそんなことはしないが、気持ちは、私は手を叩いた。私はぴょんと跳ねた。私は笑った。である。

『ロマン』は以前、国書刊行会から全二巻で刊行され、長らく品切れていた。新装版で再び読むことができてほんとうに嬉しい。全部で800ページ超え、腱鞘炎ぎみの右手で持つには辛く、振り回せばその厚みと重量で、私の手首と周囲のものを破壊するだろう。「破壊」はほんとうにソローキンにふさわしい。

 ソローキンは現代ロシアの作家だが、本書『ロマン』はプーシキンやトルストイ、ドストエフスキー、ゴーゴリ、ツルゲーネフやチェーホフなど「ロシア文学」と言えば思い起こされ、世界の文学に影響を与え続ける作家たちが活躍した、十九世紀のロシア小説がモチーフになっている。

 小説の幕開けは都会から田舎の故郷へ主人公が帰郷する場面だ。主人公のロマンは都会で就いていた弁護士の職を辞し、画家となるため故郷に帰ってきた。都会帰りの教養ある青年がフランス語を遣い、風光明媚な田舎で生活する粗野だが素朴な人々の姿など、自分が読んだ十九世紀の作品を思わせるものが出てくる。失われた初恋と新たな出会いへの熱狂。人々は何かと集まって飲み食いし歌って踊る、これぞロシア式なのでは、と知らないでも思わせるような性格と生活を送る人々。現代の作家が書いているせいか、馴染みの文学的な光景がより色鮮やかにはっきりした輪郭で強調されるよう工夫されている気がする。文章の流れにうっとり身をまかせているとときおりハッとするような場面が差しはさまれる。主人公ロマンが、森で迷い、シカをむさぼる狼に遭遇する場面がそうだ。ロマンは何かに突き動かされるようにしてナイフ一本で狼に襲い掛かり、自身も怪我を負いつつ狼を仕留める。傷と流れる血の描写がセオリーより詳細なのに違和感を感じる。ここで蒔かれた種はラストに一気に花開く。十九世紀の小説がなぜ「破壊」に至るのか。ぜひ読んで!と声を限りにして言いたい。読めばあなたは手を叩く。あなたはぴょんと跳ねる。あなたは興奮する。だろう。

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ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
ジュンク堂書店池袋本店 小海裕美
東京生まれ。2001年ジュンク堂書店に入社。自分は読書好きだと思っていたが、上司に読書の手引きをして貰い、読んでない本の多さに愕然とする。以来読書傾向でも自分探し中。この夏文芸書から理工書担当へ異動し、更に「本」の多種多様さを実感する日々。