『歌われなかった海賊へ』逢坂冬馬
●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙
『同志少女よ、敵を撃て』の著者の二作目が出ていること、みなさん気づいていますか? あまり話題になってない気がするから、私が広めなきゃいけないと、謎の使命感に駆られている。
この本は、ナチスの支配下にあるドイツで、エーデルヴァイス海賊団として反ナチの活動をする青年団の話だ。戦争の話だから難しいと敬遠しないでほしい。この話は自分の世界を変えようとする若者の話だ。
主人公のヴェルナーは、父が反ナチだと通報され処刑される。父の復讐のために通報した人を殺そうと計画するが、ヴェルナーは父を愛していない。むしろ殺されてよかったとさえ思っている。ではなぜ殺人計画を立てるのか? それは自分の世界を変えたいからだ。反ナチの息子として周りからは差別され、生活は貧しく、友達もいない。そんな息苦しい自分の生活や環境を変えたくて殺人を計画している。だが、レオンハルトたちエーデルヴァイス海賊団に出会い、殺人をしても何も変わらないと知り、仲間たちを助けたいという思いから、海賊団に入る。
海賊団は大人から命令され作っている線路のその先に何があるのか知りたくて、線路を歩いていく。期待と不安の入り混じる道中で、予想外のアクシデントに見舞われたり、仲間と出会ったりと、冒険譚を読んでいるようで読む手が止まらなかった。映画『スタンド・バイ・ミー』が好きならこの本も絶対好きだ。
そして線路の先で真実を目にした海賊団は、逃げずにまっすぐ問題に立ち向かう。その姿を読んでいると、様々なニュースで溢れる現代で、私たち大人が不感症になっていることに気付かされる。自分に都合よく真実をねじ曲げていないかと考えさせられる良い本だ。
とても立派で勇敢な話だが、私は10代にみな経験する世界を変えたいと足掻く話のように思えるのだ。
金城一紀の『レヴォリューション No.3』(角川文庫)という本では、落ちこぼれ男子校生たちが、女子校の文化祭に行きたくて、ゾンビーズというグループを作る。彼らは最初、どうせ俺たちなんて女子校は相手してくれないと諦めているが、先生の「君たち、世界を変えてみたくはないか?」という一言で奮起するのだ。
当時高校生の私もその言葉に感化され、憧れのパリピの夏をやってみようとした。彼氏はいないし、海に行く車もなく、水着すら買えない。そんな私と友達は自転車で片道15キロを漕いで海へ行き、体操服で海に入った。
こんなアホな私の高校生時代と海賊団を一緒にするなと怒られるだろう。だが10代の頃の息苦しさとそれを変えたい欲求は、どの時代にもあると思う。それが海賊団のように正義を貫き、命を懸けてまでやり通すと、私たちは勇気と感動を与えられるから後世へ語り継がれる。私の話は黒歴史として葬られる。
この本を10代の足掻きとして読んで、自分の10代の胸が躍る感覚を蘇らせるのも楽しい読み方だとおすすめしたい。
- 『半暮刻』月村了衛 (2023年12月28日更新)
- 『Q』呉勝浩 (2023年11月23日更新)
- 『君が手にするはずだった黄金について』小川哲 (2023年10月26日更新)
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- 明屋書店空港通店 久保田光沙
- 愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。