『存在のすべてを』塩田武士

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

 私の理想と共感が詰まった一冊だった。この本が面白いことわかっていたから、本屋大賞にノミネートされた時、読んでないのに嬉しかった。読むと期待通りの面白さで、ほとんどの登場人物を好きになった。

 この本は三十年以上前に起きた二児同時誘拐事件から始まる。一方の子供は無事に帰ってきたが、もう一方の子供である内藤亮は、身代金引き渡しに失敗したため帰って来なかった。だが、事件から三年後に亮は祖父母の家に突然帰ってくる。犯人は見つからないまま時効を迎えたが、当時、事件を追っていた新聞記者の門田は、亮が売れっ子の写実画家になっている暴露記事を知り、もう一度この事件の謎を追う決意をする。

 門田は今、支局長をしていて定年も近いが「なぜブンヤをしているか」がわからず仕舞いだった。この事件を追ううちにその理由がわかり始める。『罪の声』の時の主人公は取材に本腰を入れるまでに時間がかかっていたが、今回の主人公は自分の使命を探していたから、本腰を入れるまでに時間を要さない。私も自分の使命を見つけたら、門田のように全力で取り組みたいから、門田は私の理想だ。

 事件を解決できず後悔の残る刑事たちは密かにずっと事件を追っていた。足が不自由になった元刑事は車椅子で何度も事件現場に行っていた。まだやれることはないかと考え続けるプロ根性も理想的だ。

 亮がまだ画家ではない高校生の時、同級生の土屋里穂と仲良くなる。里穂は画商の娘で、亮のまだ見出されていない画家としての才能に惚れると同時に、彼に恋をする。その片思いが少女漫画並みに理想的だ。その後、紆余曲折があり、里穂は父の画廊を引き継ぐのだが、自分が企画した若手の画家の展示会で、全く売れずに失敗する。その時の彼女の落ち込みに共感した。私たち書店員も面白い本は注力して販売するが、失敗したら自分で自分を否定してしまう。画商とは責任の重さが全く違うが、彼女を応援したくなった。

 さらに私は、四歳まで一緒に暮らした亮の実の母である瞳にさえ共感した。瞳は亮を虐待していたが、亮からもらった絵手紙をずっと大事に持ち歩いている。虐待は絶対にしてはいけないが、子育ての辛さに耐えられない瞳のような親はいる。私もその辛さに負けそうになった時期がある。私は時代と環境に恵まれていただけだ。瞳の人生は、私の運が悪かった場合の人生を読んでいるようだった。

 権力に渦巻く画家の世界や、写実画の哲学、警察の執念、新聞記者の意義など、みな葛藤しながらその世界を生きていることを知った。ぜひみなさんに読んでもらいたいから本屋大賞は一位で投票しようと思っている。

 最後に、ネタバレになるかもしれないから、読みたくない方はここで読むのをやめていただきたい。この本は『八日目の蝉』を思い起こさせた。私はあの母と子が大好きだった。だから亮たち親子も大好きだ。

« 前のページ | 次のページ »

明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。