『恋文の技術』森見登美彦
●今回の書評担当者●岡本書店恵庭店 南聡子
幼い頃に「ポルターガイスト」という映画を観て、テレビの砂嵐がトラウマになりました。(地デジ、万歳)
岡本書店 恵庭店の南です。今月も読んでくださりありがとうございます。
今回は森見登美彦さんの『恋文の技術』について書かせていただきます。
森見さんといえば、言わずもがな『夜は短し歩けよ乙女』を書かれたスンバラシイ作家さんなのです。『夜は短し歩けよ乙女』はSFチックな物語でしたが、一転『恋文の技術』はものすごーく現実的です。
クラゲの研究のため京都から石川県能登へ派遣された大学院生の守田一郎が、友人や家族そして作家の森見登美彦さん(⁉︎)とのお手紙のやり取りを通じて、片想い中の伊吹夏子さんへの最高の恋文をしたためるまでの物語です。
ここで注意して読んでほしいポイントがあります。日付です。
まず四月九日に小松崎くんと大塚さんとまみやくんにお手紙を書いています。そして四月二十九日に妹の薫へ、五月十八日に森見先生へお手紙を書いているのです。
なぜ文通相手を増やしたのか?
その手がかりは「第九話 伊吹夏子さんへ 失敗書簡集」にありました。
失敗書簡(其の一)は四月十四日に書かれています。恋文を書くことの難しさに直面した守田一朗は、このままではいかん!となお一層腕を磨くべくまずは妹の薫へお手紙をしたためることにした。反省の部分で謙虚さを挙げていたので、肉親であり現役女子高生である妹との文通ならきっと辛辣なこと書いてくるに違いない、そこから謙虚さを学ぼうという魂胆であると思われる。
そして失敗書簡(其の二)は四月三十日に書かれています。反省の部分で折り目正しい文章で書けばとありますので、きっと作家の森見先生からの返信の文章でその折り目正しさを学ぼうという算段があったのではなかろうか。
また大塚さんとのパソコン実験ノート戦争の時には、三日連続や一日おきなどの頻度でお手紙や葉書を書いています。なんと鬼気迫った描写でありましょうか。届くのに一日二日はかかるであろうに、文通武者修行中の守田一郎は是が非でも文章で抗うのです。
そして「第十一話 大文字山への招待状」では、文通相手の書いたお手紙が読めるのです。
もちろんそれは守田一郎に宛てたものではありませんが、それぞれのお手紙の中から守田一郎の人となりが垣間見えて、それがなんだかすごくお茶めで可愛くて、守田一郎の文通が繋いだ縁がとても温かいものであることが感じられます。
最終話「第十二話 伊吹夏子さんへの手紙」、とうとう守田一郎は恋文をしたためます。好きです、愛してます、って書くことが恋文なのでしょうか?
否。守田一郎はまずは嘘偽りない自分を知ってもらうことが肝心だと学んだのです。
文通武者修行、ここに大成なり。
恋愛だけでなく、人生においても大切なことを守田一郎は会得しました。もう守田一郎の未来は明るいと言っても過言ではないかもしれないかもしれない。
ちなみに文中に名探偵ポアロや北斗の拳を彷彿とさせる記述があり、気付ける者だけがニヤッとできるオモチロさも森見登美彦作品を熱狂的に愛してしまう理由の一つなのです。
他にもあるかもしれないから皆さんも探してみてください。
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- 岡本書店恵庭店 南聡子
- 大学生の時にアガサ・クリスティを読破、そこから根っからのミステリー好きに。読書以外ではハンドメイドと和装、テレビゲームが趣味。お店では手書きPOPを日々せっせと作っています。色んな本に出会える書店員になってよかったと思う今日この頃です。