『オーデュボンの祈り』伊坂幸太郎

●今回の書評担当者●岡本書店恵庭店 南聡子

  • オーデュボンの祈り (新潮文庫)
  • 『オーデュボンの祈り (新潮文庫)』
    幸太郎, 伊坂
    新潮社
    825円(税込)
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幼少の頃、踏切のところにある「とまれみよ」という標識を「とまれ みよ ちゃん」という女の子の名前だと思い込んでいた岡本書店 恵庭店の南です。
なんでそんな風に思ったのか? そこの女の子がいたのかな...?と思い、今更ながらゾッとします。
今月も読んでくださりありがとうございます。

今回は伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』について書かせていただきます。
私がこの作品と出会ったのは20代の後半の頃でした。購入のきっかけは本のタイトルに惹かれたから。ものすごく平凡。そう今も昔も私は平らで凡な女なのです。そして読み終えて、こう思ったのを鮮烈に覚えています。
「もっと早くこの作品に出会いたかった!!」
そんな風に強く感じたのは後にも先にもこの作品だけ。その位、この『オーデュボンの祈り』には若さと生命力が溢れていると思うのです。
20代後半ならまだまだ若輩者なのですが、願わくば私は10代の頃にこの作品と出会いたかった。
そしてまだ社会というものに触れる前に、この本に出てくる事象を若い感性で味わいたかったと思うのです。そうしたら平らで凡ではない女になれたかも。本当に無念なのです。
若いからこその無限の可能性というものが、この本からはひしひしと感じられるのです。

物語はコンビニ強盗に失敗した青年が護送中のパトカーから逃げ出し、気が付くと荻島という存在を忘れられた島にいたというところから始まります。
その島には独自の掟のようなものがあり、島の住人たちも非常に個性的。
嘘しか言わない画家や殺人を許された男、未来を見通す喋るカカシや地べたに寝転び心臓の音を聞く少女。まるで島は奇想天外でちょっとだけ地上に近い天国のような場所です。
そこでカカシが殺されるという事件が起こります。カカシは未来がわかるのに、なぜ自身の死を防がなかったのか。もしくは防げなかったのか。
そして古くから島に伝わる伝承「島に欠けているもの」とは何か?

カカシは喋らないもの、人を殺してはいけない、なんて普通のことがこの物語では全く無視されます。
でもそれは私が普通だと思っているだけで、もしかしたら世界のどこかでは普通が普通ではなく、普通でないことが普通の場所があるのかもしれない。固定概念なんて意識していなかったけど、それに塗れて私は暮らしているんだ。擦り込みや思い込み、マイノリティへの優越感、色んなものが私の中に存在していることに気付かされました。
でも伊坂さんはそれが悪い事だとは言っていないのです。見方を変えてみたら如何?とサラッと語りかけてくれる。心地良い風の強さで背中を押してくれます。

一つ一つは別の事柄なのに、引きで見ると繋がっている。謎が次々と解けていき、怒涛のように真実が明らかになっていく。最後の数ページは走るように読んでいました。
若さというのも走る速度のようにあっという間に過ぎ去っていくもの。
未熟であり、これから熟れていくものだから、栄養が大切。本とは心の栄養だから、色んな栄養をたくさん摂取した方がより良い実がなるはず。
良い実をつけることができるようにと願い、私は今日も本を読みます。
しっかりと成熟したな~と思う日が来ることがないまま生涯を終えそうですが、まぁ人生とはそんなもののような気がします。
今回で私の横丁カフェは終了します。本を読むこと以外に、文を書くことも好きだと発見できた1年でした。私のお粗末な駄文にお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。

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岡本書店恵庭店 南聡子
岡本書店恵庭店 南聡子
大学生の時にアガサ・クリスティを読破、そこから根っからのミステリー好きに。読書以外ではハンドメイドと和装、テレビゲームが趣味。お店では手書きPOPを日々せっせと作っています。色んな本に出会える書店員になってよかったと思う今日この頃です。