第245回:まさきとしかさん

作家の読書道 第245回:まさきとしかさん

親子の愛憎、人間の業を二転三転の展開のなかに描きこむストーリーテラー、まさきとしかさん。近年では刑事が主人公のシリーズが大ヒット。ご自身では「ごく普通」という読書経験を通して培ってきたものとは? デビューまでの苦労や、あまりに強烈なので読書遍歴とは関係のない友達連れ去り事件も記事にしました。まさきさんの来し方と魅力的な人柄をご堪能ください。

その10「新作『レッドクローバー』について」 (10/10)

  • あの日、君は何をした (小学館文庫)
  • 『あの日、君は何をした (小学館文庫)』
    としか, まさき
    小学館
    792円(税込)
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――今お話をうかがってきて、まさきさんの新作『レッドクローバー』の帯に桐野夏生さんがコメントを寄せられていることが非常に感慨深いです。

まさき:本当に一生の宝です。私、桐野さんに御礼のお手紙を差し上げて、編集者経由でお返事もいただいたんですが、桐野さんへのお手紙に、『柔らかな頬』と『ダーク』についての感想も書いたんですよ。私にとって大きなきっかけとなった作品なので。
 そうしたらつい数日前、恩人の蓬田さんがお手紙をくださったんですが、そこに『ダーク』のことが書かれていたんです。蓬田さん、桐野さんが『ダーク』を書かれていたときに担当されていたんですよ! こんな繫がりがあるのかって、鳥肌が立ちました。私がもうこのまま消えていくっていう寸前に拾いあげてくださったのが蓬田さんで、蓬田さんがいなかったら私は小説家になれていないんですよね。改めて蓬田さんありがとうございますと思って、お手紙に手を合わせました。

――今、1日のタイムテーブルは決まっていますか。

まさき:朝型の生活にするってことだけは決めていて、それ以外は小説を書いて、集中力が切れたら休んでご飯を食べて、というふうに集中力に合わせて生活していたんですよね。ただ、集中力が続かなくて...。
『レッドクローバー』の時は結構集中したんですけれど、そのぶん疲労が残っているというか、気が抜けた感じがあって。今は次の書き下ろしに取り掛かっているんですけれど、この3か月くらい全然集中できないんです。それで、かすみちゃんに「ちゃんとルーティンを決めたほうがいいよ」と言われたので、タイムテーブルを組み立て直そうと思っているところです。

――それだけ『レッドクローバー』に力を注いだってことですよね。

まさき:本当に。『あの日、君は何をした』が今まででいちばん大変だったと思っていましたが、『レッドクローバー』はもっと大変でした。出てくる人達の持っているものが暗くて重くて深いので、そこに寄り添うと引きずり込まれて、浮上するのに時間がかかりましたね。書くのに覚悟が要る小説でした。

――『レッドクローバー』はまさにまさきさんの真骨頂。北海道の灰戸町で一家毒殺事件が発生、唯一生き残った少女は犯人ではないかと噂され、町から姿を消す。12年後、東京で毒殺事件が発生して......という。この小説には視点人物が複数いますが、最初、書くつもりのなかった町の住民の女性の視点で書いてしまったそうですね。めちゃくちゃ集中していたからこそ、そういうことが起きるのかなあ、と。

まさき:そうなんです。プロットを作ってさあ書こうと思って書き始めて気づいたら、脇役の人の視点で60枚くらい書いてたんですよね。原稿にならないものを書いてしまったあの時の絶望感...。編集者に相談したら、それも入れようと言ってくださって、結果的には良かったんですが。

――あの視点があることで、事件の起きた灰戸町の閉塞感やヒエラルキー、問題の家族が周囲からどう見えていたのかよく分かって奥行きが出ていますよね。それにしても予定していなかった視点人物でよくそこまで書けるなあ、と。

まさき:私、たぶん、プロットを作る時は視点人物よりもちょっと上の視点で考えているんですよね。誰の視点にすれば書きたいことが効果的に書けるのか分からなくて。実際に書き始めるときに、そこからいろんな人物の視点に下ろしていって試してみるんです。本当に試行錯誤だし、手探り状態です。

――現在の事件と過去の事件が絡み合い、親と子の愛憎や人の醜い部分を浮かび上がらせつつ、後半は二転三転の怒涛の展開で。でも単に驚かせるためだけの二転三転ではなくて、だんだん強く生きていこうとしている人の姿が見えてくるところがいいなと思って。

まさき:驚かすつもりは全然ないんです。

――なにをおっしゃいますか。あの展開は驚きますよ。もうびっくりですよ。桐野さんだって帯文に「まさか、こんな展開になるとは思いもしなかった」って書かれているじゃないですか。

まさき:本当に驚かそうとは思っていなくて、「この人はこうするだろうな」と登場人物について考えながら組み立てたらこんなんなっちゃった、みたいな感じなんですよ(笑)。

――今は体力気力を回復させつつ、書き下ろしに取り掛かっているということですか。

まさき:そうです。
 私、今日は「ピーター・スワンソンが好きです」とか今人気の海外ミステリ作家の名前を挙げたりして、箔を付けようと思っていたのに...。話しているうちに箔とかどうでもよくなっちゃいました(笑)。

(了)