第245回:まさきとしかさん

作家の読書道 第245回:まさきとしかさん

親子の愛憎、人間の業を二転三転の展開のなかに描きこむストーリーテラー、まさきとしかさん。近年では刑事が主人公のシリーズが大ヒット。ご自身では「ごく普通」という読書経験を通して培ってきたものとは? デビューまでの苦労や、あまりに強烈なので読書遍歴とは関係のない友達連れ去り事件も記事にしました。まさきさんの来し方と魅力的な人柄をご堪能ください。

その6「朝倉かすみさん&運命の出合い2冊目」 (6/10)

  • 悲しみよ こんにちは (新潮文庫)
  • 『悲しみよ こんにちは (新潮文庫)』
    フランソワーズ サガン,Sagan,Francoise,万里子, 河野
    新潮社
    539円(税込)
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  • 挽歌 (角川文庫)
  • 『挽歌 (角川文庫)』
    原田 康子
    KADOKAWA
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――「2年くらい続けていた」ということは、2年後は状況が変わったのですか。

まさき:そろそろ会社員にならなきゃ、と思ったんですよね。相変わらず文章を書く仕事がしたかったけれど、札幌には未経験のコピーライターや編集者を募集している会社がなかったので、東京に行こうと思いました。東京はまだバブルな感じが残っていて、未経験者OKな会社もいっぱいあったんです。それで東京に行って、デザイン編集プロダクションみたいなところで働き始めました。
 そうしたら、一切小説は書かなくなっちゃったんです。なぜかというと、東京が楽しくて(笑)。仕事はゆるい感じだったんですけれど、彼氏ができたので彼氏と遊ぶことに一生懸命になって、まったく書かずに2年だけ東京にいて札幌に帰りました。

――2年だけって決めていたんですか。

まさき:母に2年間だけ東京に行かせて、ってお願いしてあったんです。それに、自分でも札幌に戻らないと駄目だと思いました。会社が楽すぎてまったく成長していなかったし、頑張る気持ちもなかったし、小説を書くこともなかったし。このズブズブのぬるい環境にいたら小説家になれないから、一度札幌に戻ったほうがいいなと直感したので帰りました。
 札幌に帰るとまたアルバイトを転々としました。暇だから創作教室に戻ったら、なんとそこに朝倉かすみさんがいるじゃないですか。

――おお。朝倉さんもデビューする前ですよね。

まさき:まだまだデビューする前で、立派に会社員をしてました。川辺先生がかすみちゃんをすごく褒めるんですよ。「すごい人が入ってきた」って。それで読んだら本当に、今まで読んだことのないような、すごい小説を書くんですよ。
 私もまたちょっとずつ書き始めて、「北方文芸」に載せてもらったりして、本もまた読むようになって。その頃は川辺先生が薦めてくれた本を読みました。サガンの『悲しみよこんにちは』とか田中小実昌さんの『ポロポロ』とか、原田康子さんの『挽歌』とかが好きでした。

――新人賞には投稿していたのですか。

まさき:はい。29歳の時に北海道新聞文学賞で佳作をいただいて、そこから中央の文学賞にも応募することに決めて、翌年にはすばる文学賞の最終候補までいったんです。その他もわりと2次通過は当たり前だったので、書き続けていれば小説家になれるかもしれないって調子に乗っていました。
 でも30歳になると、あれ、私、まだプー太郎だよねって気づいて、やっぱり会社員にならなきゃと思いました。一応東京で実務経験があるので、札幌でもコピーライターとして雇ってくれる会社があったので、30歳からそこで正社員として働きはじめたんです。そうしたら、忙しくて小説を書く時間がなくなりました。早く帰ることができた時だけ創作教室に顔を出して朝倉さんたちとご飯食べる、という関わり方でした。
 それでも、本は読んでいました。この頃は、小川洋子さんや江國香織さん、川上弘美さん、角田光代さんといった女性の作家を中心に読んでいました。

――当時、それぞれの方のどのあたりの作品が好きだったんですか。

まさき:小川洋子さんで好きだったのは『妊娠カレンダー』。それと、「バックストローク」(『まぶた』所収)という短篇がすごく好きです。主人公の弟が水泳でオリンピックの強化選手に選ばれるけれど、左腕が挙がったまま下ろせなくなって......という。本当にあれは映像が浮かびます。江國香織さんだと『きらきらひかる』、川上弘美さんは『蛇を踏む』、角田光代さんは『まどろむ夜のUFO』が好きでした。
 そして、第2の本との出合いがあるんです。

――なんでしょう。

まさき:宮部みゆきさんの『レベル7』。「レベル7まで行ったら戻れない」というフレーズがキャッチーだし、すごく話題になっていたので読みました。
 私、それまでミステリというものをほとんど読んでいなかったんですよ。読んだのは赤川次郎さんだけかな。で、私、本は面白ければ面白いほど読み終えた後で内容を憶えていないんですけれど、『レベル7』もぜんぜん憶えていないんです。世界観が変わるくらい夢中になって、ノンストップで読むってこういうことなんだ、ミステリってこんなに面白いんだ、と思いました。そこから当時出ていた宮部さんの本は全部読みました。

――夢中で読んだ本の内容を憶えていないことがあるのは分かります。あまりに没頭すると、読んだ後、夢の世界に行って戻ってきてみたいな感覚で、記憶が曖昧になっているというか。

まさき:そうなんです。『レベル7』はその後、また買って読んでみたら、内容を憶えてないからものすごく面白くて一気読みしました。そして、2回目に読んだ内容も覚えていないので、こないだ3冊目を買ったばかりです(笑)。
 で、『レベル7』の後に、決定的な第3の出合いがあったんです。

  • まどろむ夜のUFO (講談社文庫)
  • 『まどろむ夜のUFO (講談社文庫)』
    角田 光代,斎藤 美奈子
    講談社
    607円(税込)
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  • レベル7(セブン) (新潮文庫)
  • 『レベル7(セブン) (新潮文庫)』
    みゆき, 宮部
    新潮社
    1,155円(税込)
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