
作家の読書道 第245回:まさきとしかさん
親子の愛憎、人間の業を二転三転の展開のなかに描きこむストーリーテラー、まさきとしかさん。近年では刑事が主人公のシリーズが大ヒット。ご自身では「ごく普通」という読書経験を通して培ってきたものとは? デビューまでの苦労や、あまりに強烈なので読書遍歴とは関係のない友達連れ去り事件も記事にしました。まさきさんの来し方と魅力的な人柄をご堪能ください。
その8「デビュー後の読書」 (8/10)
――3回目の東京行きですね。
まさき:だから北海道新聞文学賞に応募する小説を書いたのは札幌ですけれど、受賞の知らせを受けたのは東京なんです。でも、東京に行った1年後、リストラされてまた札幌に戻るんですけれど。
デビューした後も、小説を書いては蓬田さんに送ったんですが、これがまた書いても書いてもボツなんです。
このまま同じように書いていたら私は小説家になれない、でも私には小説家以外の道はないから何かを変えなきゃいけない。それで、エンタメを書くことにしたんです。宮部みゆきさんの『レベル7』が面白かったことと、桐野夏生さんの『柔らかな頬』がすごかったことがずっと頭の中にあったので、自分もちょっとミステリ要素のあるものを書こうと考えました。それで書いたのが、『熊金家のひとり娘』なんです。
――北海道の孤島でお祓いを生業としている熊金家に生まれたひとり娘と、彼女が産んだ姉妹の話ですよね。
まさき:これは蓬田さんが「作風をがらっと変えて頑張ったね、本にしてあげるよ」って言ってくれて本になりました。少ない部数だったんですけれど、それを見つけてくれたのが、今このインタビューに同席している、新刊『レッドクローバー』の担当編集者さんなんですよ。彼女が「『熊金家のひとり娘』を読みました」って連絡くださって、それから2年後に彼女に担当してもらって『完璧な母親』という本を出したら、いくつかの出版社から声をかけていただいたんです。
それで、これからは自分も『柔らかな頬』とか『グロテスク』のような、読み始めたら心をとらえて離さない、沼に引きずり込むようなものを書きたいと思いました。ミステリ要素があるといっても、ただ事件が起きて犯人が見つかって解決してよかったという話ではなく、人間の業だとか、強さとか弱さとか、苦しみとか痛みとか、そういうものを丁寧に書き、かつ、展開に意外性のある、リーダビリティの高いものが書きたいな、って。
すごい小説家の方ってミステリじゃなくてもリーダビリティがあるじゃないですか。でも私はまだミステリの要素がないとリーダビリティが出せないんですよ。だから、ミステリの力を借りている、という認識です。
――読書生活にも変化がありましたか。
まさき:そこからは、海外の王道ミステリも押さえておかなきゃねと思い、アガサ・クリスティーとかレイモンド・チャンドラーとか、パトリシア・ハイスミスなどを読みました。クリスティーの意外性のある展開や、チャンドラーのハードボイルドの人気の理由なんかを勉強しようと思って。パトリシア・ハイスミスは『太陽がいっぱい』のイメージがあったから選んだのかな。
他に話題になったミステリも読みました。そのなかでよく憶えているのがサラ・ウォーターズの『半身』です。読者の「こうなるだろう」という推測をこんなふうに裏切ることができるんだと勉強になりましたね。
それと、私はもともと純文学が好きなので、ポール・オースターやカズオ・イシグロもよく読みました。
――ああ、以前もオースターの『オラクル・ナイト』のお話をされていましたよね。作中にハメットの『マルタの鷹』への言及があって、それで『マルタの鷹』も読んだそうですね。
まさき:『オラクル・ナイト』で『マルタの鷹』について説明している箇所があって、〈世界は正気で秩序のある場だと思っていたがそうではない〉〈世界は偶然に支配されている〉といった言葉が印象に残ったんですよね。
ポール・オースターの作品って、偶然と必然というのがずっとテーマとしてあるじゃないですか。偶然も必然だったりするという。全部が必然だと考えると、自分の人生や物事に意味づけがされたり、自分なりに考え方や受け止め方を深められるところがあるなと感じるんです。
それと、ポール・オースターはちょっと分かりにくいところが魅力ですね。分かりやすいところはすごく分かりやすいんですけれど、その分かりやすさの裏に分かりにくさが隠れている気がするんです。
それと、海外作品で描かれる孤独って、日本人が書く孤独とちょっと違いがあるように感じるんですよね。ポール・オースターを最初に読んだのは『ムーン・パレス』だったんですが、当時、主人公がホームレス状態になって自暴自棄になる姿が、自暴自棄にチャレンジしているように受け止められたんですよね。
ポール・オースターの小説は、成功したとしてもその成功を捨てる人が出てきたりして、人生を捨てたいとか、違う人になりたいというテーマが多いですよね。私も自分を捨てて違う人間になりたいという感覚をずっと持っているので、そこにも惹かれたような気がします。
――カズオ・イシグロはどこに惹かれましたか。
まさき:『わたしを離さないで』が話題になったんですよね。話題になったものは押さえておこうと思って読んだらすごく面白くて。
まず、幻想的ですよね。はじめはどういう話かよく分からないじゃないですか。そうしたら臓器移植の話が出てきて、登場する子供たちがどういう子たちなのか分かる。その意外性と、描写の緻密さと美しさがよかった。そこからカズオ・イシグロの作品を過去に遡って、『遠い山なみの光』や『浮世の画家』、『日の名残り』、『わたしたちが孤児だったころ』などを読みました。私は気になった作家の作品を遡って読むのが多いみたいです。