第245回:まさきとしかさん

作家の読書道 第245回:まさきとしかさん

親子の愛憎、人間の業を二転三転の展開のなかに描きこむストーリーテラー、まさきとしかさん。近年では刑事が主人公のシリーズが大ヒット。ご自身では「ごく普通」という読書経験を通して培ってきたものとは? デビューまでの苦労や、あまりに強烈なので読書遍歴とは関係のない友達連れ去り事件も記事にしました。まさきさんの来し方と魅力的な人柄をご堪能ください。

その4「友達連れ去り事件」 (4/10)

――卒業後はどうしようと考えていましたか。

まさき:学歴が欲しいから大学に行こうと思って、受験勉強を始めたんです。いかに中途半端な非行だったかが分かりますよね(笑)。
 高校時代、タバコ吸ってたら補導されちゃって。刑事さんに声かけられた瞬間「これで人生終わった」って思ったんですけれど、「駄目だぞ、もう吸うなよ」とタバコを取り上げられただけで、学校にも家にも連絡されなかったんです。それで、人生繋がったから、よし、大学に行かなきゃ、と思いました。
 母が学歴がなくて辛くて悔しい思いをしたのを子供の時から分かっていたので、私は大学に行かなきゃいけないって、頭の中にずっとあったんです。それで受験勉強を始めました。
 大学に受かった時はみんなびっくりしていましたね。当時、クラスの女子で4年制の大学に行ったのは私だけだったんです。まさかあの馬鹿でちょっと非行に走っているあいつが、という感じでした。

――学科などはどのように選んだのですか。

まさき:経済学部経済学科です。そこの入試に小論文があったんですよ。小論文ならいけるだろうし、他の試験はマークシートだったので、私はたぶん運がいいから大丈夫だろうな、って(笑)。読み通り、その第一志望は受かって、第二志望は落ちました。
 本当は大阪芸術大学に行きたかったんです。当時、小松左京さんが教授を務めてらっしゃったんですよね。入試が小論文と面接だけだったのかな。私が行くのはここだと思ったんですけれど、母に「あんたに1人暮らしさせたら何するか分からないから絶対駄目」と言われて、地元の大学に行きました。

――たしかに高校時代の話を聞くと、1人暮らしをさせるのは心配かも。

まさき:そうですね。大学に入ってからも、友達が拉致されて警察呼んだりしましたし...。

――え、ええっ? なにがあったんですか。

まさき:中学時代に交換SF小説を書いていた友達がいましたよね。彼女は東京の大学に行ったんですけれど、帰省した時に一緒にススキノで飲んだんです。そろそろ帰ろうという時に向こうからおじさんが来て、「帰るんだったら車で送ってあげるよ」と言ってくれたので「ありがとうございます」って。2ドアの車だったんですよね。彼女が後ろに乗って私が助手席で、着いたので私が降りようとしたら、その男がいきなり私を突き落としてバンとドアを閉めて、友達を連れ去ってしまったんです。
 これは洒落にならない、彼女が殺されるかもしれないと思って、車のナンバーを憶えてすぐに公衆電話から110番しました。当時はまだ携帯電話がなかったので。

――動転しているなかで、よくナンバーを憶えられましたね。

まさき:そういうところは冷静なんです。すぐにパトカーと覆面パトカーが10台くらい来て、それが明け方だったのかな。
 車のナンバーが分かるから大丈夫だと思うじゃないですか。でもそれが、盗難車だったんです。パトカーの無線で「見つからない」「朝までに見つからなかったら駄目かも」と話しているのが聞えてくるんですよ。もうどうしようと思ったんですけれど、「君は何もできないから帰りなさい」「二度と知らない人間の車に乗るな」「しばらく家から出るな」などと叱られて家に帰って、彼女の無事を祈りながら連絡が来るのを待っていました。
 そしたら朝8時くらいかな、彼女から電話がかかってきたんです。公衆電話から「無事だよ」って。海のほうに連れていかれて、相手ががばっと襲ってきたので、咄嗟に「3万円だよ」って言ったそうです。「あんたタダでやろうと思ってんの」「私のバックに誰がいると思ってんの」って。そうこうしているうちにパトカーのサイレンの音が聞こえて、それで車から降ろされた、って。
 彼女が警察に「無事でした」って連絡したら、すぐに警察が駆けつけて、まず腕を見られたそうです。覚せい剤とか打たれてないか確認したんですね。何もされていないと分かったら、彼女も私と同じように「二度とこんなことすんな」ってものすごく怒られたそうです。それから一切、知らない人の車に乗らなくなりました。

――いや本当に無事でよかった。その友達もよく即座に「3万円だよ」って言えましたね。そう返せば相手がひるむとは限りませんから、無事だったのはたまたま運が良かっただけですが。

まさき:彼女は肝が据わっててすごいんです。だてに私が書いたSF小説に駄目出しした子じゃないという。

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