『青少年のための小説入門』久保寺健彦

●今回の書評担当者●勝木書店本店 樋口麻衣

 心からおもしろいと思える小説と出会ったとき、私は文庫と文芸書の担当の書店員なので、その小説を店頭であの手この手で売ろうとすることができます。おもしろい!伝えたい!売りたい!という、すごくワクワクした気持ちで売場をつくりますが、思ったように売れないときもあります。おもしろい、売りたい、そんな気持ちが強いときこそ、あと何が足りなかったんだろう......と悔しさと無力感を感じてしまうことがあります。

 それでも売場をつくり続けるのは、私が小説を好きだからで、小説の力を信じているからです。そんな気持ちを改めて強くさせてくれる本と出会ったので、ご紹介します。

『青少年のための小説入門』(集英社)です。

 いじめられっ子の中学生・一真は、万引きを強要されて、仕方なく駄菓子屋で万引きをする。その現場を駄菓子屋の店番のヤンキー・登に取り押さえられる。登は一真に、万引きをチャラにしてやるかわりに、「小説の朗読をしてくれ」という提案を持ちかける。

 登は「ディスクレシア」という、文字を自由に読み書きできない障害があるため、自分で小説を読むことや文字を書くことが困難だという。読むことができない分、登は小さい頃から絵本の絵だけを見て、想像でいくつも話をつくっていた。だから話をつくることには自信があって、作家になりたいと思っている。

 そんな登と一真が名作小説をともに読むうちに、いつしかふたりは本の面白さに熱狂しはじめ、ついに異色のコンビ作家としてデビューする。

 名作小説といわれる小説のおもしろさに気づいたときの、ふたりの「おもしろい!」「すごい!」というあの興奮が、小説を好きになる原点だと思います。この本には、小説の魅力に気づき、小説の力を体感したときのワクワクと興奮、熱狂がたくさん詰まっていました。自分が好きだと思っているもののことを、改めて好きだと実感したときの、熱の渦のようなものがビシビシと伝わってきて、鳥肌が立ちました。

 作中で登は、物語を数学の「道順問題」に例えて、こんなふうに言っています。

 「道順なんざ無限に増やせる。小説書くってこた、無限にある道ん中から、一本だけ選ぶってこった。考えてみりゃとんでもねえな」

 この言葉を聞いたときに、すべての小説が奇跡のような存在で、そんな奇跡のような存在と読者が出会うというそのこと自体が本当にすごいことなのだと感じ、その出会いの場である書店で働いているということが、我ながらすごく輝いて感じました。

 また、作中には「小説は可能性の束だ」という言葉が書かれています。そんな可能性の束である小説の未来はもっと広がっていくと確信できる、小説への愛と希望に溢れた作品です。小説を愛するすべての人におすすめいたします。

 そして、この作品のラスト一行がすごくいい。あのラスト一行を読んだときの、この感覚! こういうことがあるから、やっぱり小説を読むことをやめられません。

 最後に、登の言い方をまねて、こう言わせて下さい。

 小説ってすげえおもしれえ!

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勝木書店本店 樋口麻衣
勝木書店本店 樋口麻衣
1982年生まれ。文庫・文芸書担当。本を売ることが難しくて、楽しくて、夢中になっているうちに、気がつけばこの歳になっていました。わりと何でも読みますが、歴史・時代小説はちょっと苦手。趣味は散歩。特技は想像を膨らませること。おとなしいですが、本のことになるとよく喋ります。福井に来られる機会がありましたら、お店を見に来ていただけると嬉しいです。