『波の上のキネマ』増山実

●今回の書評担当者●ゲオフレスポ八潮店 星由妃

 現在、いつでもレンタル出来る環境、ネットでも簡単に観られる環境ではありますが思い出してみると昭和天皇の崩御でテレビは自粛ムード一色でニュースしかやらなくなった頃、レンタルビデオ店があちこちに出来始め映画館が減少して行った。1500円払って観ていた映画が半年も待てば数百円で借りられる時代になっていったのだ。

 もともと、「映画は大スクリーンで観たい」派の私はシネマ会員になり、観たい映画は公開日初日には観ていたのだが子育てや介護で映画館に行くこともままならずレンタルビデオ店の存在はありがたかった。

 やっと自分の時間が持てるようになった時、待ち望んだ大スクリーンでワクワクしながら映画を観たものだ。

 ここ数年、新型コロナの影響で映画館に行くのも自粛していたがワクチン接種も終え感染者が減少したので久しぶりに映画館に行きたい!どの作品を観よう!と映画熱が復活した。

 前置きが長くなりましたが今月紹介するのは集英社、増山実さんの『波の上のキネマ』です。

 尼崎に祖父が創業した小さな映画館「波の上キネマ」を継ぐ安室俊介は、あるきっかけで祖父の前半生に興味を持ち、南へ向かう。祖父は脱出不可能な絶海の島で苛酷な労働を強いられていたが、そこにはジャングルの中に映画館があったという。祖父はなぜその島に行ったのか。なぜ密林に映画館があったのか。運命に抗う祖父が見たものは......。

 各章のタイトルが、終章を除き映画の題名で、第1章「七人の侍」、第2章「タクシー・ドライバー」、第3章「君の名は」、第4章「ストレンジャー・ザン・パラダイス」、第5章「伊豆の踊り子」、第6章「渦」、第7章「野生の蘭」、第8章「夜」、第9章「冷血」、第10章「
街の灯」、第11章「帰らざる河」、第12章「226」、第13章「CITY LIGHTS」、第14章「SHALL WE DANCE」、第15章「失念の毒蛇」、第16章「雨」、第17章「或る女」、第18章「大いなる幻影」、第19章「山猫」、第20章「椿姫」、第21章「道」と続きます。

 映画ファンならこれらのタイトルを見れば色々なシーンと共に作品を観た時代を思い出すことが出来ます。

 また終章のラスト「道無き道にも、必ず道はある。脱出不能に見えるジャングルにも......」のくだりを読むと第10章「街の灯」の主題曲「smile」を聴きたくなる等、映画ファンの心を揺さぶる作品であります。

 増山実さんにサインをしていただいた時に添えていた言葉に「書店には愛がある、映画館には夢がある」とあった。その通りだ!

 辛い時にこそ本や映画は愛であり夢でもあるのだと認識させられた。

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ゲオフレスポ八潮店 星由妃
ゲオフレスポ八潮店 星由妃
岩手県花巻市出身。課題図書は全て「宮沢賢治作品」という宮沢賢治をこよなく愛する花巻市で育ったため私の読書人生は宮沢賢治作品から始まりました。小学校では毎朝、〔雨ニモマケズ〕を朗読をする時間があり大人になった今でも読んでいて素敵な文章があると発声訓練のごとく、つい声を出して読んでいる変な書店員です。