『『源氏物語』の時間表現』吉海直人

●今回の書評担当者●未来屋書店宇品店 河野寛子

  • 『源氏物語』の時間表現 (新典社選書 112)
  • 『『源氏物語』の時間表現 (新典社選書 112)』
    吉海 直人
    新典社
    3,300円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

私は古典をすんなりと読むことができません。

どのくらいかと言えば、源氏物語の原文が注釈付きであっても、わずか数行で明後日の解釈を導き出すほど、容易に物語を変えてしまいます。

今日ご紹介する本は、古典のわからない私が、古典を読みづらい人とそのとっかかりになる一部を共有するための一冊です。まず、この本は硬いです。しかしいざ噛んでみれば面白がれるポイントも多く、ここでは「ちょっと気になる」と思ってもらえるところまでご案内し、その後、本書を読んでいただいた暁には古典の情景が浮かぶことをお約束します。

「硬い」と言うのもこの本は、平安時代の時間表現について文脈から導き論じた研究論文だからです。著者がこれまでの時間表現の解釈では行き違いが生じると考え、その点をさらに進展させようと世の研究者に問うた、いわば挑戦本でもあります。

古典に流れる時間を知るには、「日付変更時間」と、季節で変わる日の出日没の「自然時間」との二つをみる必要があります。均等に並ぶ12個の数字に合わせたリズムを一旦崩せば、一気に物語の内容が掴みやすくなるはずです。

源氏物語が書かれた頃、時を刻むものに漏刻という水時計が使われていました。
宮中では、太鼓や鐘、役人が時刻を知らせる役割を担う一方、原始的に、鳥の鳴き声も役立ちました。
古典の世界で日付が変わるのは、驚くことに午前3時。現在、午前0時を過ぎれば翌日になりますが、この感覚と同じく午前3時を日付変更時点として「暁」が始まります。

「暁」という表現から、うっすらと明るくなった場面を想像する人は多いかと思います。しかしそれは暁の中でも「暁の終わり頃」であり、暁の時間の中の一部なのだそう。日付が変わり、真っ暗な「暁」から、少し時間が経過した「暁方」、そして明るくなり始めた頃までを「暁」の言葉で記しているため、前後の文脈に何があるかで明暗の情景が変わってしまうわけです。
切り替わりと明暗を含む「暁」は、朝・昼・夜と並ぶ時間帯の呼び名の一つだということ、このことを感覚的に組み込むだけで時が表す色の濃淡から雰囲気まで格段に広がります。

他にも「朝ぼらけ」が「暁」と重なる時間帯であることや、「しののめ」と「あけぼの」の違いが、時系列ではなく、歌語と散文で使い分けをされてきた点などがあげられます。
これまで「明け方」の一語で片付けてきた大雑把さを「大根」に例えると、大根には切り干し大根やたくあん、カレーに必須の福神漬け、はたまた焼き魚、揚げ出し豆腐、ハンバーグにも柔軟に対応できるおろし大根と、この多様な姿を「大根」の一語で片付けるのと似ています。
「暁」の幅の広さとは、「大根」の間口の広さです。

ここに書いた内容は本書の1ページにも満たない僅かなものです。
これで本書をご精読いだだけましたら小躍りもの。時間という誰にでも馴染みやすい入口より、古典音痴がご案内いたしました。

« 前のページ | 次のページ »

未来屋書店宇品店 河野寛子
未来屋書店宇品店 河野寛子
広島生まれ。本から遠い生活を送っていたところ、急遽必要にかられ本に触れたことを機に書店に入門。気になる書籍であればジャンル枠なく手にとります。発掘気質であることを一年前に気づかされ、今後ともデパ地下読書をコツコツ重ねてゆく所存です。/古本担当の後実用書担当・エンド企画等