『Q』呉勝浩

●今回の書評担当者●明屋書店空港通店 久保田光沙

 始まりはいつだってQ。君にQ、僕らQ、アー、321でQ。ヒーウィーゴー!

 これが、スペシャルアザーズとリップスライムのコラボ曲「始まりはQ(9)CUE」の歌詞だと気づいた三、四十代のそこのあなた!この本を読んでほしい。当て書きか?と思うほどこの本は「始まりはQ(9)CUE」を表現していると思う。

 美貌と卓越したダンスで人々を魅了する天才少年Qには、血の繋がりのない長女のロクと次女のハチがいる。姉二人ともQに魅了され、Qを守ろうとするが、それが私には姉弟愛ではなく親子愛のように思えるのだ。Qを邪魔するものは全て排除しようとするハードボイルドなハチと、Qに自分の夢を託す狂った母性を持つロク。これは少し問題のある子育て方法だと思う。

 私も子育てで間違ってばかりだから偉そうなことは言えないが、子供の人格だけは尊重しようと気をつけている。例えば、私の娘は体がすごく柔らかい。私は前屈でつま先すら触れないほど体が硬いから、娘は天才かもしれないと思う。そして私は、娘にバレエをさせるか、新体操をさせるかと思案するが、本人は何も興味を示さず、体の柔軟とは全く関係のない工作に興味を持つ。そこで私は、娘の才能を邪魔する工作を排除しようとせずに、工作を選んだ娘の人格を尊重するのだ。でももし大きくなってから「やっぱりバレエがやりたい」と言い出したら、始めるには遅すぎると反対はせず、初期費用くらいはかき集めて出してやりたい。金欠と挫折で諦めがつく頃には、人の心の痛みが分かる優しい人になっているだろう。だから私は働く。働く目的は子供の人格を尊重するためだが、仕事の内容は自分のやりたいことだから、つまり自己実現になっている。これが私の理想だ。

 ハチやロクの場合、Qの才能を活かすことが正解だと信じて疑わないし、それが二人の自己実現にもなってしまっている。Qの気持ちが尊重されていないように思えた。だがハチやロクを責めてはいけない。二人はQの親ではないからだ。Qだって子供のように黙って二人を受け入れるべきではない。だがQも親のような愛を欲しているから、この姉弟の歪な親子関係が生まれてしまっているのだろう。純粋無垢で、真っ直ぐに間違っていて、それを餌にするハイエナがわんさかいて、本当に悲しく切ないお話だ。「始まりはQ(9)CUE」をご存じの三、四十代の方は子育て世代も多いだろうから、そういった視点で読んでもらうとさらに楽しめるだろう。

 あと、車好きの方にもぜひ読んでもらいたい。ハチがアウディで高速をぶっ飛ばす場面が最高だった。私はバイクのFTRに乗っていたから、バイクでいうところのアウディはトライアンフかなぁ、とか、宝くじが当たったらアクアブリッジとやらをかっ飛ばしたいなぁ(もちろん法定速度内)、なんて夢を思い描けて楽しく読めた。

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明屋書店空港通店 久保田光沙
明屋書店空港通店 久保田光沙
愛媛生まれ。2011年明屋書店に入社。店舗や本部の商品課などを経て、結婚し、二回出産。現在、八歳と二歳の子を持つ母でもあり、妻でもあり、文芸担当の書店員でもある。作家は中村文則、小説は「青の炎」(貴志祐介)が一番好き。昨年のマイベスト本は「リバー」(奥田英朗)。