『機巧の文化史 異聞』村上和夫

●今回の書評担当者●未来屋書店宇品店 河野寛子

  • 機巧の文化史 異聞: 海を渡った三台のからくり人形
  • 『機巧の文化史 異聞: 海を渡った三台のからくり人形』
    村上和夫
    勉誠社
    4,950円(税込)
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 1976年、旅先でスイス製のシリンダーオルゴールに一目惚れしたのを機に、村上さんのからくり研究は始まる。その後、一枚のモノクロ写真をアメリカで見るのだが、そこには見たこともない日本のからくり人形が写っていた。

「からくり」は日本では仕掛け全般を指すのに対し、西洋ではオートマタ(自動装置)と言い、しかも人手が加わるとフェイク(偽物)オートマタと呼ばれる。オートマタのコレクターの多くはマジシャンやマジック愛好家であることには驚いた。村上さんの調査はこのコレクター業界に迷い込むことから始まる。

 この業界は信頼がものを言い、そのため秘密厳守で一人、密かにコツコツと調べなければいけなかった。実際11年をかけて、村上さんはこの謎の写真の人形に辿り着く。
 本書は、そのからくり人形の作者と、海を渡った経緯を調べながら、同時にからくり文化を解説したものだ。
 村上さんの探索プロセスは文化史というよりも、考察ミステリーのようでひたすらのめり込める。資料には無い空白の部分を、経験と想像から編み出す村上さんの仮説が埋めるので、少々小難しい資料内容も、推理モノとして読めてしまう。
 そんな一風変わった本書には、教科書から弾かれた歴史が溢れている。

 そもそも、からくり人形のルーツは、ここ日本では宣教師たちが各地でからくり技術をすでに教えていたという。職人達はこの技術を他に活かせる場はないか、日々探していたようだ。そして江戸時代、ヨーロッパから持ち込まれた機械時計をきっかけにからくり文化は開花する。
 とはいえ西洋の数字12個の入った時計(定時法)は、季節の変化で刻む日本の時間(不定時法)では使えなかった。そこで職人が、西洋の定時時計を不定時時計に改良し、日本文化にとり入れ馴染ませた。「和時計」の誕生だ。

 花開いたからくり文化は、人形の姿で見せ物として人気をよび、商売の客寄せに使われた。幕末に海外渡航が解禁されると、興行団体と共に海を渡り海外巡業も行っていたという。
 有名なからくり師では、竹田近江清房と田中久重が上がる。竹田近江清房は、興行として大成功し、名誉職の官位を上げていった。田中久重は、ものづくりの才が際立つ天才として多くの作品を今に残している。

 からくり好きの多くは、個人所有したがる貴人や豪商であり、そんなオタク達からの要望を受け制作したからくり師は、他にも多く存在したようだ。日本のからくり文化は、高度な技術を持っているにもかかわらず、数多の作品や作者は、その名を残せずに終えたのだろう。

 とにかく、おびただしい参考文献をあげながら、あくまでも専門家ではなくフリーライターとしてオタクの立ち位置は譲らない、そんな村上さんの姿勢にはぐっとくるものがある。
 堂々「異聞」(うわさ)と銘打つところも、最高のオタク本だ。

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未来屋書店宇品店 河野寛子
未来屋書店宇品店 河野寛子
広島生まれ。本から遠い生活を送っていたところ、急遽必要にかられ本に触れたことを機に書店に入門。気になる書籍であればジャンル枠なく手にとります。発掘気質であることを一年前に気づかされ、今後ともデパ地下読書をコツコツ重ねてゆく所存です。/古本担当の後実用書担当・エンド企画等