『増補 本屋になりたい この島の本を売る』宇田智子

●今回の書評担当者●HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎

  • 増補 本屋になりたい ――この島の本を売る (ちくま文庫)
  • 『増補 本屋になりたい ――この島の本を売る (ちくま文庫)』
    宇田 智子,高野 文子
    筑摩書房
    836円(税込)
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  • 那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々
  • 『那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々』
    宇田智子
    ボーダーインク
    1,760円(税込)
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(前回からのつづき)

『市場界隈』に登場する古本屋「市場の古本屋ウララ」の店主、宇田智子さんの著書『増補 本屋になりたい この島の本を売る』(ちくま文庫)には、個人で古本屋を開業するところから古本屋の日々の仕事について書かれています。

「市場の古本屋ウララ」は那覇市第一牧志公設市場の目の前、人通りの多い場所にあります。隣の洋服屋さんや漬物屋さん、県内の出版社や先輩同業者など仕事を通じて関わる人もいれば、本を買うお客さん、本を売ってくれるお客さんもいます。その人たちとのやりとりを通じ、店を作り、本を仕入れ、本を売って、棚を見直したり、買い取りをしたりイベントをしたりといった様々な業務について細かく書かれています。本屋の仕事や古本に興味のある方にはとてもおもしろい内容です。

 宇田さんの目線は日常に根差し、つねにまっすぐでブレないことが文章から読み取れます。不確実な憶測や勝手な願望を含まず、じっさいに見たものや会った人をそのまま書くスタイルは読むほどに著者への信頼を深めさせるものです。

「本屋で長く働いていると、世の中には本しか売っていないような錯覚にときどき陥る。(中略)お皿もあって魚もあって、本もある。あたりまえのはずなのにふと見えなくなってしまうことが、商店街で本屋をやっているとまた見えてくる。」

 この一文にハッとさせられました。わかっていて当然のはずのことがわからなくなっていたことに気づかされる、そんな文章がほとんど毎ページ出てくるのです。驚きとともに、考えることが楽しくてぐいぐいと読み進めてしまいます。

 私が沖縄へ転勤してきて最初に買った本が宇田さんの『那覇の市場で古本屋』(ボーダーインク)です。『本屋になりたい』は入門書としての性格が強いようで、業界のしくみや古本屋の裏側について多く書かれています。しかし『那覇の市場で古本屋』は県内出版社から出版されたためか、那覇の地名や沖縄の行事について特に注釈なく書かれていたり、個人名や屋号がどんどん出てきます。それについてひとつひとつ調べていけば数珠つなぎに興味が広がり、結果的に沖縄の本と、沖縄に関する知識を得ることができました。アガリウマーイもユッカヌヒーもこの本でその語の存在を知りました。自らの勉強不足と言ってしまえばそれまでですが、私にとってこの本は先達が記した教科書のような存在です。

 じつはまだ「ウララ」に行けていません。前を通りかかったことは何度かあるのですが入れませんでした。入ろうと思うと急に手汗が出て、動悸が激しくなり、足がすくんでしまうのです。緊張しているのです。あがっているのです。偉大な先達を前にして。

 市場のリニューアルオープン、アーケードの撤去と再建、コロナ禍後の観光客増加があり、『市場界隈』や『本屋になりたい』に描かれた光景も変わっていっています。その光景を目にしておきたい、関わりたいと思います。だから、今度こそ「ウララ」に入ろうと思います。

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HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
HMV&BOOKS OKINAWA 中目太郎
大阪生まれ、沖縄在住。2006年から書店勤務。HMV&BOOKSには2019年から勤務。今の担当ジャンルは「本全般」で、広く浅く見ています。学生時代に筒井康隆全集を読破して、それ以降は縁がある本をこだわりなく読んでみるスタイルです。確固たる猫派。