『ナンセンスな問い』友田とん

●今回の書評担当者●丸善博多店 脊戸真由美

  • ナンセンスな問い: 友田とんエッセイ・小説集I
  • 『ナンセンスな問い: 友田とんエッセイ・小説集I』
    友田とん
    エイチアンドエスカンパニー
    2,200円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HonyaClub
    HMV&BOOKS
    honto

「本屋には行く。なぜなら、体にいいからだ。」

 本屋通いは健康法だった。友田とんはコロナ自粛で本屋が閉まった際に体調を崩している。わたしも3年ぶりに血圧が正常範囲に戻った。ほかの数値も同年齢データより良い。そういうことだったのだ。書店でこのコピーと目が合って手に取らない人間は何人いるか。探偵ナイトスクープに調査を依頼したい。この本は文藝エッセイの棚にあるのだが健康書売り場に置いた場合とも比較したい。

 友田とんは、ひとり出版レーベル「代わりに読む人」代表で「『百年の孤独』を代わりに読む」という本を出版している。「百年の孤独」は長年読まねばならない義務を感じているのだが手が伸びない。なので代わりに読んでもらえるのはたいへんにありがたい。しかし、代わりに読んでもらってるつもりの読者は、いつのまにか「百年の孤独」を手に取っているという。おそろしい。

 友田とんは毎日本屋をはしごする。「問うたところで社会が変わるようなものでもない」問いの答えを探しに。古井由吉や、水戸黄門や、ビオレuについてだ。関連ありそうな棚を端から見ていく。うろ覚えで来たおじいさんが雑な問い合わせをしているのを見守る。店の人に教えたくなるのを堪え、念を送る。乱れた棚は通りすがりに整える。書店経験もないのに。ふろく付き雑誌もくまなく見る。どんな人が手に取ってるのか興味があるからだ。「問いは解決することなく新たな問いを生み出す」。滞在時間は、歩数は、いかほどか。ちなみにわたしの一勤務あたりで、1万2千歩ほどである。

 友田とんは一日に何軒ものドトールをまわり、執筆している。ふと、古井由吉そっくりの常連客がいることに気づく。その人の横で古井由吉の本を読んでみる。近くに本人?を感じていると、次々と古井由吉にまつわる出来事が飛び込んでくるようになったという。私がスタバでお茶してたとき「わたしは宇宙人」という女の子が山本リンダの曲を歌いながら現れた。その後、スーツ着用のスタバの人が登場。「今、警察を呼んでおりますので」と足止めされた。ほどなくサイレンを鳴らしたパトカー数台が到着。それを聞いた女の子は「また逮捕されるー」と号泣しながら店内を走りはじめ、われわれ人質?は凍った。警察の人は慣れたかんじで「お薬はー?飲んでるのー?」とやわらかく捕獲していった。かように日常というものはやすやすとゆがむ。

 敵も味方も真剣勝負ならば、水戸黄門ですら、プロ野球のように勝つことも負けることもあるはずである。「今夜はどうだ?」とみなテレビの前で黄門様の勝利を願う。新年のニュースでは、沖縄でキャンプを張ってコーチのもと杖で敵を叩く練習をする黄門様の映像が流れる。ならば、わたしは歴代黄門対決が見たい。黄門だらけの水泳大会もいい。黄門ポロリ。ベスポジはコタツで雪見だいふく。ちなみに初代推しである。

 泡ハンドソープの詰め替えパックには「他の容器では泡で出ません」と書かれている。じゃあ違ったら何が出るのか。泡の謎だったのに、そもそもビオレuの uって何?と問いは増えていく。ちなみに白水UブックスのUはユートピアのUとのことだそうだ。ジャンプJブックスとはジャンプ(ジャンプ)ブックスなのだろうか。気になってるが調べたことはない。

 友田とんはマクドナルドでみかんを食べながら本を読むおじいさんを見る。マクドナルドにはないはずのみかん。梶井基次郎の「檸檬」のようだと思う。うちは丸善なので、店を畳む時や新たにオープンするとき棚に置かれたレモンが発見される。スーパーで買ったであろうザ・テレビジョン風レモンもあれば、庭からもいできたのか葉っぱ付きのもある。同一犯ではないのだ。閉店後レジに集められたレモン。丸みをなぞりながらポケットにひとつ忍ばせて帰る。

 あとがきによると、十年続けたこの「可笑しさを見つける」活動は、劇作家・宮沢章夫の文体模写からはじまったそうだ。NHKラジオ番組「すっぴん」のバイトリーダーにしてピーソナリティ宮沢さん。月曜朝にあるまじき寝起き声が蘇る。おそらくNHK史上滑舌悪いレジェンド。「宮沢さん、嘘つかないでください」と藤井アナにいつも叱られていた。のらりくらりとした文体はたしかにあのテイストだ。

 ふろくには「切り抜くと世界が可笑しく見える眼鏡」が挟み込まれいる。ドラえもんの道具のようだ。おためしいただきたい。その後は本屋へ向かってほしい。体がよくなるからだ。ちなみに当店の蔵書は60万冊。はしから見ていってほしい。「本屋では世界の不思議を詰め込んだ本がうっかり手に取られるのを待っていてくれる」からだ。歩数も稼げる、血圧も下がる。本屋健康法ブームの到来を願う。

« 前のページ | 次のページ »

丸善博多店 脊戸真由美
丸善博多店 脊戸真由美
この博多の片隅に。文庫・新書売り場を耕し続けてウン十年。「ザ・本屋のオバチャーン」ストロングスタイル。最近の出来事は、店がオープン以来初の大リニューアル。そんな時に山で滑って足首骨折。一カ月後復帰したら、店内全部のレイアウトが変わっていて、異世界に転生した気持ちがわかったこと。休日は、コミさん(田中小実昌)のように、行き先を決めずにバスに乗り山か海へ。(福岡はすこし乗るとどちらかに着くのです)小銭レベルの冒険家。